副本

平成一一年(ワ)第三六三八号損害賠償請求事件

原告  佐木理人
被告   大阪市

  平成一一年一一月二二日

被告訴訟代理人   弁護士  飯田俊二
同    川口俊之



大阪地方裁判所
  第一七民事部イ係 御中

準 備 書 面 (二)



第一、列車の制動特性と転落防止柵の設置の適否
一、 列車の制動装置
列車には、制動装置として回生制動装置と空気制動装置が設置されている。いずれも制動力として車輪とレール間の摩擦力を利用するもので、制動力の大きさは、車輪とレールの粘着係数(摩擦係数)によって制限を受ける。粘着係数は速度、車輪の動揺や温度変化によって時々刻々変化するものであり、鉄道の場合、自動車に比べると粘着係数が小さく、大きな制動力を働かせると滑走してしまうので操作に注意が必要である(乙第八号証大阪市営高速鉄道一〇系車輪パンフレット)。

(一)回生制動装置
   回生制動装置とは、起動時には電気をモーターに供給して、電気エネルギーを回転エネルギーに変えてモーターを回転させるところ、制動時には電気の供給を切り、かつ回転しているモーターを発電機として利用し、回転エネルギーを電気エネルギーに変えて電気を取り出すことにより、結果として車輪の回転を制する装置である。自動車におけるエンジンブレーキに似た制動方法である。
(二)空気制動装置
   圧縮空気力によって、制輪子を車輪に密着させることにより摩擦力で車輪の回転を制する装置である。

二、 列車の制動操作
列車の制動操作は、電動車では前記回生制動装置を主として、空気制動装置を従として行われている。通常、中速度までは回生制動がよく働き、速度が低下するにつれて回生制動が不足してくると空気制動で補足し、、さらに速度が低下すると回生制動が働かないので空気制動のみが作用するようになる。

三、 運転士のわずかな運転操作の遅れと過走

   列車の運転士には、規則正しい列車の運行を行い、秩序だった乗客輸送を実施するために、それぞれの路線において、予め定められた地点に設置されている運転指示標識に基づいて運転操作(列車の起動、加速、惰行、制動)を行うことが求められている。
   もちろん、信号現示によっては、右運転指示標識とは異なる操作をしなければならないこともある。
   列車は高速で駅間を移動しているので、それぞれの運転操作に僅かでも時間的な狂いが生じれば、定められた到達地点への時間的及び距離的な狂いが生じることとなるのである。
   例えば、本件事故は発生した御堂筋線天王寺駅一番線ホーム   を例にとると、一つ手前の動物園前駅を出発した下りの列車は、運転曲線に基づけば、天王寺駅入駅手前の約四六〇メートル地点において制動を操作することによりホームの通常停止位置に停止することになるが、時速約五〇キロメートルで列車は走行しているので、万一操作が〇.六秒遅れると、列車は通常停止位置を約九メートル行き過ぎることとなるのである。

   運転士は、右のような状況を看取したときには、いち早くより強めの制動操作を行い、過走をなくすか、又は過走距離を短くするべく努めているのである。運転士の勘と熟練が過走を少なくしている。
            (乙第九号証過走余裕距離の必要性)
            (乙第一〇号証運転曲線)

 四、システム上生じる回生制動の失効(回生失効)
(一) 回生失効
回生失効とは、回生制動中に何らかの原因で突然回生制動が働かなくなった状態のことである。その場合、列車の総合制動力は空気制動力のみで得ることになるが、中速域以下で当然回生失効となった場合には、空気制動が制動力を補足するまで約一秒の時間の遅れが生じるため、その間だけ列車の総合制動力が不足し、列車の停止までの制動距離が延びてしまうのである。
(二)回生失効の原因

   回生制動を操作すると、モーターは発電機となり、回転エネルギーが電気エネルギーと変化し、その電気エネルギーを列車の下側部に設置された集電靴からトンネル内下部に設置されている第三軌条に流すこととなっている。この電気が第三軌条に流れ、かつ他の列車がこの電気を使用しないと回生制動が予定どおり働かないのである。その原因としては、1、 第三軌条に流れた電気を使用する別の列車が相当の区間にいないとき、電気が流れない状況となる。2、 集電靴と第三軌条との間が電位差で火花がちり波型になる等により一瞬離線することがある。この時一瞬電気が流れない状況となる。3、 第三軌条は変電所のき電系統を分離するためセクション     を設けている。事故等が発生したとき、区間を限って送     電を停止することができるようにセクションが設けられている。
     このセクション通過時に摺動している集電靴が少なくなるので離線して回生失効しやすくなる状況がある。

          (乙第一一号証回生失効について)
          (乙第一二号証制動力、制動距離等図解)

(三) 回生失効時の運転手の措置
運転士は、回生失効が起こったことを感得すれば、いち早くより強めの制動装置の操作をして、列車を所定の停止位置に停止させるべく努めるのである。しかし、どうしても停止位置を過走することがあるのである。

 五、このように細心の注意を払っても、人間の能力の限界やシステム上生じる瞬時の失効から、列車は必ずしも停止位置に停止できず、停止位置をオーバーする事態が生じるのである(乙第二二号証の1〜4平成八年度から同一一年度の駅停止位置過走件数)。
   そこで、大阪市地下鉄では、列車の停止線超過停止時にもバックすることなく、旅客の安全、かつ円滑な乗降を図り、ひいては、列車の定時運行を確保することができるよう、原則として停止線前部約五メートル、停止車輌後部約一メートルには旅客の乗降の阻げとなる転落防止柵を設置しないこととしたのである。
            (乙第九号証過走余裕距離の必要性)

第二、プラットホーム等の拡張の困難とそれに代わる安全対策

一、 大阪市地下鉄は、旅客の増加並びに旅客のアミニティの改善のため、主として列車の増便・増輌により対処してきたものであるが、一部プラットホームの延長等の駅施設の拡張を行っているので、その内容を明らかにする。

(一) 一号線(御堂筋線)梅田駅改造工事
     工事概要  南行ホーム増設延長一九七メートル
           幅一二メートル
     工事時期  昭和五八年三月〜平成二年一二月
     供用開始  平成元年一一月
     工事金額  金六、九九二、九二八、〇〇〇円

(二)一号線(御堂筋線)難波駅改造工事
     工事概要  北行ホーム増設延長二〇〇メートル
           幅一〇メートル
           南行ホーム増設延長三三メートル
           幅七・六メートル
     工事時期  昭和五七年一〇月〜昭和六三年九月
     供用開始  昭和六二年三月
     工事金額  金三、〇二四、四一四、〇〇〇円。
(三)ニ号(谷町線)六号(堺筋線)南森町駅改装工事
     工事概要  西行ホーム増設延長一六〇メートル
           幅三〜一二メートル
     工事時期  平成三年〜平成一〇年一二月
     供用開始  平成一〇年一二月
     工事金額  金五、三七七、〇七三、〇〇〇円

   これらから、プラットホームの延長等の駅の改造には、長い期間と多大の費用を要することとなるので、著しく困難であることが明らかである(乙第一三号証地下鉄改造工事費の算出)。

二、 プラットホーム等の拡張に代わる安全対策旅客増加並びにアミニティの改善に対し、列車の増便・増輌にて対処し、それにともない安全対策(駅員配置の変更、非常停止合図装置の設置、戸閉合図装置の設置)をしてきたのである。
   例えば、一号線(御堂筋線)は、平成七年一二月九日から一部車輌一〇輌編成となった。それに伴って、次の措置をとっている。

(一) 非常停止合図装置の設置
   非常停止合図装置とは、ホーム係員又は乗客が軌道転落、扉挟み等の異常を発見して列車を緊急停車させる必要がある場合に、ホームに設置している非常停止ボタンを押下することにより、駅に進入又は進出する列車の乗務員に異常を知らせ、列車を非常停止させる装置である。
   平成七年一二月九日の車輛一〇輌編成時に新大阪駅から天王寺駅の一二駅に設置。その後、順次設置駅が増えている。
         (乙第一四号証非常停止合図装置取扱説明書)
         (乙第一八号証の1,2,3写真)
(二) 戸閉合図装置
   戸閉合図装置とは、ホーム係員が乗客の乗降が完了し安全を確かめて車掌に「戸閉合図」をすると「扉が閉まります」との放送が流れ、扉閉後、扉挟み等のないことを確認してから「扉閉確認合図」をすると「電車が発車します。ご注意願います」の放送が流れる装置である。
   平成七年一二月九日の車輛一〇輌編成時に新大阪駅から天王寺駅の一二駅に設置。
         (乙第一五号証戸閉合図装置取扱説明書)
         (乙第一九号証の1,2,3写真)
(三) ホーム係員の増員
   平成七年一二月九日の御堂筋線の車輛一〇輌編成に伴い、天王寺駅、中津駅、梅田駅、本町駅、難波駅のホーム係員が増員された。

   その結果、御堂筋線天王寺駅下りホームには、午前九時から翌朝の午前〇時四〇分まで、ホーム係員が配置されている(乙第一六号証御堂筋線ホーム立哨窓口表)。
   右以前には、御堂筋線天王寺駅下りホームには、一四時から一九時三〇分まで、ホーム係員が配置されていた(乙第一七号証天王寺駅時間別営業口数表)。


第三、一九九九年九月一三日付原告の求釈明に対する回答

一、 同一記載の調査をしたことはなく、視覚障害者の利用状況は把握していません。
 
 二、同ニ記載の事故件数及び事故状況については、事故報告書の写を交付することにより明らかにします。
   但し、被害者や目撃者の住所・氏名は、その人達のプライバシーに関する当時の行動が記載されていますので、明らかにできません。

 三、同三の事故状況及び事故調査については、事故報告書の写を交付することにより明らかにします。

 四、同四についても、事故報告書の写を交付します。

 五、同五については、平成七年一二月八日以前と同月九月以後のホーム整理係員配置状況図記載のとおりです(乙第二三、二四号証ホーム整理係員配置状況)。

 六、同六については、監視カメラの設置位置は、ホームの監視カメラ設置個所と題する書面(乙第二五号証)に記載のとおりである。
   監視カメラに映る範囲は、ホームの中程くらいまでで、カメラを注視している専属の職員はいない。
   本件事故時の御堂筋天王寺駅の下りホームに設置された監視カメラのビデオテープは、乙第二六号証として提出する。

以 上


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