平成一一年(ワ)第三六三八号 損害賠償請求事件

原 告   佐  木  理  人
被 告   大阪市

準 備 書 面(第三回)

   二〇〇〇年四月七日

             原告訴訟代理人
               弁護士   竹下義樹

               同     岸本達司

               同     神谷誠人

               弁護士   坂本 団

               同     下川和男

               同     高木吉朗

               同     山之内桂

               同     伊藤明子

大阪地方裁判所          
   第一七民事部合議イ係              御 中



第一 被告の主張に対する反論
 一 新ガイドラインの意義
  1 営造物の瑕疵との関係
    新ガイドライン(甲一二)は、その策定の背景事情、調査研究の経過および策定された指針の内容に鑑みると、高齢者・障害者が利用する公共交通ターミナルの安全性および利便性確保のために通常有すべき施設設備の設置・運営に関する水準を示したものである。
    新ガイドラインには、将来的な整備を想定した参考事例的部分(音声誘導装置等)と、策定時現在における施設設備の標準事例的部分(誘導警告ブロック等)とは明確に分けて記載されている。
    点字ブロックの敷設及び転落防止柵の設置に関する部分は、将来的な整備目標としてではなく、策定当時に備えておくべき標準的な設備を示したものになっている。すなわち、点字ブロック及び転落防止柵は公共交通ターミナルが安全性・利便性を確保するために通常有すべき施設設備なのである。
    このように、新ガイドラインの定めは原則的、標準的な性格のものであるから、新ガイドラインの標準に反する態様での点字ブロック及び転落防止柵の施設・運用がなされている場合には、原則として当該公共交通ターミナルは通常有すべき安全性・利便性を備えていないものとみなすべきである。
    とりわけ、安全性の確保に関する施設設備の基準に適合していない場合は、それによって安全性が損なわれることは明らかであるから、設置者の一方的な都合により、右基準に合致しない施設設備を設置することは許されないといわねばならない。
    この点、いわゆる「日本坂トンネル事故訴訟」控訴審(東京高裁判決平成五年六月二四日・判例時報一四六二号四六頁)において、トンネルの防災設備の設置に関する瑕疵の有無について、「その後の技術の進歩等により標準仕様及び設置要領にその設置が定められるようになった物的設備については、これをすべてのトンネルに直ちに設置しなければ法律上要求される安全体制を欠くことになると一律にはいえないけれども、他方、その設置基準の定めが原則的、標準的な性格なものであるからといって、これを設置するかどうかがもっぱら第一審被告(引用者註 設置者)の都合に委ねられてよいものではなく、諸般の事情から見て防災目的を達成するために高度に有用であると判断される設備については、速やかにこれを設置して合理的な運用を図る必要があるものというべきである。」と判示されているところである。
    本件においても、視覚障害者の駅ホームからの転落事故の頻発という状況下で、視覚障害者の行動研究の成果等を参考にした新ガイドラインが発表され、視覚障害者のための安全対策の指針が交通事業者に広く通知されていたのであるから、被告の保有する鉄道駅施設及び運用について、特段の事情もなく、新ガイドラインに適合しない安全性が損なわれた状態になっていたとすれば、それは当該施設が当該場所における営造物として通常有すべき安全性を有していない、すなわち瑕疵があるというべきである。仮に、当該施設設備の置かれている具体的状況からみて、新ガイドラインに適合した設備を設置することが困難な特別の事情がある場合は、安全性を確保するために、人的・物的代替的措置が採用されなければならず、右代替的措置を採用されていないのであれば、瑕疵があるといわざるを得ない。
    しかるに、新ガイドラインの標準を遵守していない理由として被告が主張している事由は、後述のとおりいずれも正当とは認められず、人的・物的代替的措置が講じられた事実もないから、本件事故発生現場部分の施設の設置管理の瑕疵は否定できないものである。
  2 被告の地方公共団体としての責務
    新ガイドラインは、高齢者・障害者に対して、基本的人権たる移動の自由を実質的に保障しようとする意図のもとで策定されたものである。
   障害者基本法第二二条の二(公共的施設の利用)第一項は「国及び地方
   公共団体は、自ら設置する官公庁施設、交通施設その他の公共的施設を障害者が円滑に利用できるようにするため、当該公共的施設の構造、設備の整備等について配慮しなければならない。」と定め、同二項では「交通施設その他の公共的施設を設置する事業者は、社会連帯の理念に基づき、当該公共的施設の構造、設備の整備等について障害者の利用の便宜を図るよう努めなければならない。」と定めており、前者は義務規定、後者は努力規定の体裁になっている。また、同三項では「国及び地方公共団体は、事業者が設置する交通施設その他の公共的施設の構造、設備の整備等について障害者の利用の便宜を図るための適切な配慮が行われるよう必要な施策を講じなければならない。」と定め、被告のごとき公共交通事業の担い手たる地方公共団体は、障害者のために公共交通施設利用の便宜を図る義務を負うとともに、他の事業者に対する関係でも指導的地位役割を果たすことを義務付けられているのである。
    かかる法の精神からすれば、被告は地方公共団体として、民間の鉄道事業者よりもいっそう厳格に、新ガイドラインに準拠した鉄道駅設備を整備・運用すべき法的義務を負っているのであり、諸般の事情からみて事故防止目的を達成するために高度に有用な設備については、速やかにこれを設置して合理的運用を図るべき法的義務を有しているのである。
    しかるに、被告は、新ガイドラインの標準を正当な理由もなく遵守せず、法の要求する安全配慮義務に違反したために本件事故を招いたのであるから、いずれにしろ本件事故結果に対する賠償責任を免れないというべきである。
 二 ガイドラインへの不適合
  1 ホーム縁端と縁端警告ブロックの間隔
    被告は、縁端警告ブロックを触知して歩行している視覚障害者が階段や柱と衝突する危険を避けるため、天王寺駅の縁端警告ブロックは、ガイドラインの基準に定める八〇センチメートルを満たさない七二センチメートルの位置に敷設したと主張する。
    しかしながら、次のとおり、御堂筋線においては被告主張と異なる状況にあるホームが多く存在する。
    @御堂筋線大国町駅二番線ホームでは、ホーム縁端より八三・五センチメートルの位置に縁端警告ブロックが敷設してあるが、前の階段と警告ブロックの距離が三五・五センチメートル、最前列扉前は三四センチメートルとなっている(甲一九の一・二)。ホームの終端は人の全く行かない場所であるが転落防止柵が設置されている(甲一九の三)。
    A御堂筋線淀屋橋駅二番線ホームでは、ホーム縁端より六七〜六八センチメートルの位置に縁端警告ブロックが敷設してあるが、五両目の一番前の扉前の警告ブロックと階段、柱との距雄が最も狭くても八一センチメートルの距離をとっているので、縁端警告ブロックの敷設位置をホーム縁端より八〇センチメートルの位置に敷設することは可能である(甲二〇の一・二)。
    B御堂筋線心斎橋駅一、二番線ホームともホーム縁端より六七センチメートルの位置に縁端警告ブロックが敷設してあるが、柱、階段との間が最も狭いところで三五センチメートル(二番線ホーム最後尾一〇両目三番扉前)となっている(甲二一の一・二)。
    これらの事実からすると、被告の縁端警告ブロックの敷設位置には、一貫性がなく、合理的な根拠もないことが伺われる。
    したがって、あたかも基本的にガイドラインを遵守しているかのごとき被告の主張は、説明のためにする後付けの理屈であって、被告にはガイドラインを遵守するという姿勢が全く欠如していたと言わざるを得ない。
  2 ホーム終端部における警告ブロック敷設方法
    被告は、終端部の警告ブロックが危険表示のためにあることを正しく認識していない。島式であるか相対式であるかにかかわらず、危険警告表示がない部分からは転落する危険がある。
    たとえば、見通しの悪い崖沿いの自動車道が崩落して通行止めになっていた場合、それまでの進行の過程でなんら危険表示がなく、なおかつ進行前方にも明確な停止・危険表示標識がなかったとすれば、ドライバーはそのまま進行して転落してしまうであろう。この場合、上記自動車道が、通常有すべき安全性を欠いていることは明らかである。
    視覚障害者である原告は、本件事故発生現場付近が、ホーム終端部分であり、その先には壁しかないことを知る機会が与えられないまま進行してしまい、警告ブロック終端部の屈曲が一重のみの敷設となっていて危険表示として不十分な状況にあったために、本件ホーム終端・縁端部分に進入してしまった。そして、その先は警告ブロックが途切れていたために、縁端を触知する間もなく、列車に接触して本件事故に至ったのであり、まさに前記の自動車事故の例と同じ態様である。
    被告は、「(本件ホーム終端に)通常、乗降客が立ち入ることは考えられない(から、柵がなくてもよく、そんな場所に立ち入った原告に落ち度がある)」と繰り返し主張している。しかし、「乗降客」には視覚障害者も当然に含まれている。大阪市は視覚障害者に「無料乗車証」を交付し、地下鉄、バスの利用者として視覚障害者も想定し、視覚障害者の単独歩行を前提とした駅員の指導も行われているのである。視覚障害者にとって、本件事故現場に立ち入ることが十分にありうる場所であるにもかかわらず、右のような主張をする背景には、視覚障害者に対する無理解を超えて、差別意識すらあるのではないかと疑わざるを得ない。
    さらに、被告は、「縁端警告ブロックを触知しながら歩行していた途中で同ブロックを触知できなくなったときには、後者の情報(=警告ブロックを触知して歩行している限り、ホーム縁端から転落することはない旨の安全情報 引用者註)が途絶えたのであるから、直ちにその場で停止して白杖等で縁端警告ブロック又は誘導ブロックを探し、縁端警告ブロック又は誘導ブロックを触知することが出来れば、それに従って進み、縁端警告ブロック等を確知することが出来なければその場で助力を求めて待つか、列車の走行音、構内放送、人の歩行音、列車の進行に伴う風の方向等で、安全な進行方向を確認してから進むべきである。」と述べている。
    しかし、それらは晴眼者の感覚に基づく暴論であって、視覚障害者にとっては到底不可能な要求であり、机上の空論にほかならない。被告が右のような主張を無反省に繰り返している点においても、被告が視覚障害者に対する理解を欠き、漫然と危険な状態のままで施設を設置・管理してきたことが推察されるのである。
    そもそも、本件事故は、原告が終端部の警告ブロックを触知できなくなり、被告のいう「安全情報」を探そうとしているうちに、縁端警告ブロックが敷設されていない縁端部分に接近し、白杖が電車に接触し、続いて体ごと弾き飛ばされて転落したものであり、停止しようとする動機付けを形成するより前の段階で転落したのである。したがって、もしも事故当時に終端まで警告ブロックが敷設されていれば、屈曲部分を踏み越えたとしても接触・転落を防止できたものである。
    本件事故の後、本件事故現場部分では程なくして終端まで警告ブロックが延長されている。このことは、本件事故現場における警告ブロックの敷設に問題があり、右部分に設置管理の瑕疵が存在したことを自認したものといえる。さらには、被告は、本件事故現場が危険であることを容易に認識し得たものであり、かつ、これを改善することも極めて容易であったことを端的に示している。
    なお、参考までに付言すると、「警告ブロック」は、連続してホーム縁端部に敷設することにより、縁端部の危険を警告して視覚障害者の転落防止を図るための施設であって、本来的には視覚障害者が歩行するガイドの役割を持たされるべきものではない。その役割を果たさなければならないのは、本来は「誘導ブロック」である。
    しかしながら、現状の駅施設では、ホーム上の誘導ブロックの敷設はごく一部分に限られている一方で、ホーム上には柱や階段、ベンチ、広告、冷暖房装置などの雑多な障害物があってそれらを避けながら歩行することは極めて困難かつ危険な状態である。そのような理由から、やむなく、転落の危険と隣り合わせの縁端警告ブロックに沿った歩行を余儀なくされているのが実情なのである。
    また、列車の走行音や風圧といった感覚は、列車の方向を知るためにはある程度役に立っても、距離感をつかむためには何の役にも立たないことについては、原告第一準備書面の事故事例一(阪和線堺市駅事件)及び同三(山手線品川駅事件)を再度参照されたい。
  3 警告ブロックの二重敷設について
    被告は、ガイドラインに警告ブロックの分岐表示例が記載されていないことを根拠に、自らの警告ブロック敷設方法を正当化しようとしているが、右主張は明らかに不当である。
    元来、警告ブロックには「分岐」という概念は入らず、ガイドラインに警告ブロックが分岐する例の記載がないことは当然だからである。
    誘導ブロックが分岐することはあるが、警告ブロックはその場所を危険への接近地域として表示するためのものだから、警告ブロックの分岐表示は意味がないばかりか混乱のもとである。
    ちなみに、ガイドラインにおいては、階段等の段差部分を警告する表示としての警告ブロックの敷設例はすべて二重の敷設例として図示されている。これは、主として警告ブロックと平行方向に進行する場面が多いホーム縁端部においては、接触距離が長いからブロックを触知できなくなることは少ないのに対して、主として敷設方向に対して垂直に進入することの多い階段等においては、歩幅によっては、警告ブロックをまたぎ越してしまうことがあるので、二重にすることを要求したものである(視覚障害者の歩幅に関する調査によれば、成人の平均歩幅は約六二センチメートルである。甲二二)。
    しかるに、原告が進入した本件事故部分は、先方には壁と線路しかなく、それ以上進行すると危険な場所であり、警告ブロックの敷設方向に対して垂直に進入していく場所であったのだから、少なくとも屈曲部分の警告ブロックは二重に敷設しておくべきであった。
    また、仮に二重の敷設をしないのならば、屈曲を乗り越えてしまった場合に備えた何らかの代替的な安全設備を設置しておくべきであった。
    なお、被告は誘導ブロックの分岐の場合の内角部分への二重のブロック敷設について、さほど意味がない旨説明しているが、仮に、被告が自認するとおり、警告ブロックのホーム縁端部側を歩行する視覚障害者のためには、内側への屈曲のみでは意味がないことが解かっていたのであれば、被告において予知し得うる危険を回避するために、警告ブロックを内側に屈曲させただけで事足れりとせず、次に述べるとおり、視覚障害者にも触知できるような立入禁止柵、転落防止柵を設置しておくべきであったといえよう。
  4 転落防止柵の設置について
    原告の調査によれば、大阪市営地下鉄二二六駅ホーム中一三一駅ホームが本件事故現場と同様に、階段・エレベーター・エスカレーター等の乗降施設がなく、通常乗降客が立ち入ることがない場所であるが、その場所における防護柵の設置状況は次のとおりである。
   @ 終端部と停車位置までの距離が五メートル未満で防護柵が設置されている駅ホームは六一駅ホーム
   A 同五メートル未満で防護柵が設置されていない駅ホームは一〇駅ホーム
   B 同五メートル以上で防護柵が設置されている駅ホームは五五駅ホーム
   C 同五メートル以上で防護柵が設置されていない駅ホームは九駅ホーム≪御堂筋線 江坂駅二番線ホーム(五五八センチメートル)、西中島駅二番線ホーム(五五八センチメートル)、梅田駅一番線ホーム(五四七センチメートル)、天王寺駅一番線ホーム(五二〇センチメートル)、西田辺一番線ホーム(五一〇センチメートル)、北花田駅二番線ホーム(五〇五センチメートル 被告調査によれば四九五センチメートル)、長堀鶴見緑地線今福鶴見駅二番線ホーム(五〇〇センチメートル)、西長堀駅一番線ホーム(五一〇センチメートル 立入禁止柵は有り)、大正駅二番線ホーム(五〇五センチメートル)≫
    このとおり、古くから営業されている線と新しく開業された線との双方に転落防止柵未設置の駅があるという事実は、被告の方針の一貫性の欠如を示している。
    また、そもそも列車停止位置から前方五メートルの間隔をあけるという被告の設備方針自体が全く誤まっている。すなわち、前方五メートルまでの過走があった場合には、列車を後退させることなく旅客を乗降させることを想定していることになるが、そうなると、乗客は最大五メートルも乗降位置がずれたドアから乗車することを強要されることになる。ところが、視覚障害者は、ドア部の停止位置を示す点字ブロック(警告ブロックの内側に突起したもの)を感知し、同ブロック付近にドア部が停止すると考えて乗車するのであるから、右ブロックから大幅にずれた位置に列車が停止した場合、そのまま乗車すれば、ドア部と誤まって連結部に転落してしまう恐れもあり、極めて危険である。したがって、数メートルも過走した場合に、乗客をそのまま乗車させるという前提自体、視覚障害者にとって極めて危険であるから、許されるべきではなく、放送等により注意を促した上で、正規の乗車位置まで列車を後退させなければならない。
    さらに、被告は、前方五メートルの間隔確保には運転士の精神的緊張等の負担軽減の要請もあると主張するが、鉄道列車の運転免許基準によれば、二メートル以上の停止位置ズレは減点対象となっている。この点からしても、前方五メートルもの過走を想定した設備の維持・管理はお手盛りによる安全基準の恣意的緩和であるといえよう。
    現実の過走事故件数は列車の全発着回数比で一パーセントにも満たない割合であり、過走事故による遅延時間もわずか数分程度である。このように、ホーム終端付近に転落防止柵を設置しないことにより得られる鉄道事業者と利用者一般の利益と比して、転落防止柵を設置することによる視覚障害者の生命身体の安全確保の利益は著しく大きいと思われる。
    なお、被告が本件駅に設置している立ち入り禁止札は、わずか一一センチメートル幅(高さ七〇センチメートル)であり、進路を白杖で探っている視覚障害者にとっては何もないのと同じであることを付言しておく。
 三 本件事故現場の状況
  1 他の鉄道の駅ホームとの比較について
    被告は、他の鉄道の駅ホームの状況を示して、相対評価により免責されようとしているが、そのような主張はあたかも交通違反者が、取締りを免れた他のドライバーの交通違反をあげつらって行政罰を逃れようとする態度と同類であって、考え違いも甚だしい。
    本件は、大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺駅下りホーム終端部で起こった事故であり、まずもって、本件事故現場における施設の設置・管理の瑕疵の有無が問われなければならないのである。
    原告が、ホームドア等の先進的な施設設備を要求しているのであれば、他の鉄道事業者における普及の状況が問題になることはあろうが、本件では、既に普及していた点字ブロック及び転落防止策等の設備の欠陥を指摘しているのであるから、他の鉄道の駅ホームとの比較は無意味というほかない。
  2 本件事故現場駅の特性
    本件事故現場の御堂筋線天王寺駅は、地下駅で、その構造上、柱が多く、出入り口が狭く、閉鎖的空間であり、路線の前後の見える範囲は極めて狭い。しかも、他の多くの地下駅と違って、複数路線があり、天井の形状も複雑になっており、視覚障害者の空間把握にあたっては著しい困難を伴う。実際に複数の御堂筋線天王寺駅利用者の視覚障害者が、当該駅での音源定位の困難さを指摘している。その他、構造上の問題として、高圧電流がレール脇に流れている大阪市営地下鉄の場合には、縁端部・終端部からの転落防止のための防護措置は極めて重要であろう。
    利用上の問題としては、同駅が複数路線が乗り入れる乗換駅であり、乗降客のみならず乗り換え客が多いこと、府立盲学校生徒の通学路にもなっていること、長居身障者スポーツセンターへの経路にあたること等の状況も重視されなければならない。
    大阪市営地下鉄の沿線には、次のとおり、視覚障害者の学校や施設が位置しており、天王寺駅を乗り換え地点として利用する視覚障害者も多いと考えられる。
   @ 大阪府立盲学校…最寄駅JR我孫子駅
     スクールバスは、行きはJR天王寺駅より乗車、帰りは近鉄前で下車。但し、地下鉄我孫子駅でのスクールバスの乗車は不可。
   A 視覚障害者福祉協会…最寄駅は地下鉄千日前線谷町九丁目駅
   B 大阪府盲人福祉センター…最寄駅は地下鉄千日前線谷町九丁目駅、谷町線四天王寺夕陽ケ丘駅
   C 日本ライ卜ハウス盲人文化センター…最寄駅は地下鉄四つ橋線肥後橋駅
   D 視覚障害者文化振興協会…最寄駅は地下鉄四つ橋線肥後橋駅
   E 大阪市身体障害者スポーツセンター…最寄駅は地下鉄御堂筋線長居駅
   F 日本ライトハウス…最寄駅はJR学園都市線放出駅
    大阪市営地下鉄は、既に主張したとおり、点字ブロックの敷設や転落防止柵の設置に合理性・一貫性がなく、安全設備が歯抜け状態で放置されている。本件事故は、正にこの歯抜けの場所で発生したものであり、被告の責任は明らかである。

第二 営造物の瑕疵等に関する裁判例
 一 本件ホームにおける点字ブロックの敷設方法および転落防止柵の欠如等が、国家賠償法第二条第一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵といえるかどうかについて、安全設備が不十分であるとして営造物の瑕疵等が問題となった過去の裁判例との比較においても、瑕疵があったといわざるを得ない。
 二1 例えば、県が設置・管理する人工池公園の水遊び場で遊んでいた五歳の男児が、転落防止装置として設置されていた柵を潜り抜けて、河道に落ちて溺死した事故について、右公園の設置等に瑕疵があると認められた事案(浦和地裁平成三年一一月八日判決・判例時報一四一〇号九二頁)においては、右公園の利用者として判断力が不十分な幼児が当然に予定されており、その場合幼児が潜り抜けることのできる柵の設置のみでは、安全設備および危険性の告知として不十分であると判示されている。これは、利用者として予定されている幼児の判断力、適応力や行動の特性を考慮して特に高度の安全性を要求したものである。
    かかる論旨からすれば、視覚障害者の利用が当然に予定されている公共交通機関の駅ホームにおいては、その歩行特性や空間把握能力等の特性を考慮して、これに対応する安全設備や危険性の告知がなされるべきところ、後述のとおり、容易にまたぎ越してしまう可能性がある警告ブロックを敷設したのみでは、要求される高度の安全性を満足するものとは到底いえない。
    しかも、右事案においては、従前に類似事故が発生しておらず、改善するようにとの要望等がなかったにもかかわらず、これらは瑕疵を否定する事由とはなり得ないとされている。
    そうであれば、すでに大阪市営地下鉄において五件もの酷似した軌道転落事故例が発生し(しかも直近の類似事故は、本件事故のわずか四か月前に起きている。詳細は、原告提出の二〇〇〇年二月一〇日付準備書面(第二回)の第三を参照)、被告に対して転落防止柵の設置要望すらなされていた等の背景がある本件においては、事故についての予見可能性を否定することはできず、瑕疵の存在は明らかである。
  2 また、県道の歩道工事現場への立入禁止のための工作物の設置、保存及び道路の管理に瑕疵があったとされた事案(福岡地裁飯塚支部平成六年一月二六日判決・判例タイムズ八五七号一九四頁)においては、「大部分が容易に侵入できない状態であり、全体として一見して明瞭にそこが危険区域であり、通行が禁止されている区域であることが明白であり、一応は安全措置を果たしている」とされる場合であっても、小学生が簡単にまたいで侵入できる状態では、必要とされる程度の安全設備(歩行者が容易に侵入し得ないもの)を備えているとは言えないとして、瑕疵が認められている。
    右裁判例を本件に引き直してみると、視覚障害者に対しては、警告ブロックの屈曲によってホーム終端部を示すという一応の安全措置が施されているものの、その屈曲部分は、過って容易にまたぎ越してしまうようなものであり、したがって、危険区域に容易に侵入し得ないような十分な安全設備が施されていたとは到底言えず、瑕疵があると言うべきである。
  3 さらに、プラットホーム線路側縁端に接近した幼児が通過列車の風圧により転倒して死亡した事案につき電鉄会社の責任を認めた裁判例(大阪地裁昭和五六年九月二九日判決・判例時報一〇四七号一二二頁)は、電鉄会社において幼児が単独で危険な行動に出ることを予測すべきであり、通過列車による警笛の吹鳴のみでは安全対策として不十分であるとして、幼児の保護者を含む全ての乗降客に通過列車の接近を具体的かつ確実に予告する手段を要求している。
    右事案においては、判決文による限り、本件事故のように類似事故や安全対策に関する要望があったという事情は認められないにもかかわらず、やはり幼児の行動特性等をふまえた予見可能性が認められている。その上で、右事案において要求されている危険予告としての安全設備の確実性の程度と、本件ホームとを比較すれば、本件ホームの点字ブロックの敷設方法に瑕疵があることは明白であろう。
 三 右のような裁判例からは、たとえ多くの利用者が通常とる行動ではなく、営造物設置者の意思を無視した行動であったとしても、幼児や児童など、他の多くの利用者とは判断力、適応力において異なり、行動の特性を有する者が利用者として想定される以上は、およそ予想しがたい異常希有な行為でない限り、その危険な行動を具体的に予測した真に有効、確実な安全対策が求められていることが看取できる(その他、利用者として予定されている幼児や児童の行動の特性に見合った安全性を要求した裁判例として、名古屋地裁昭和六二年一一月一三日判決・判例時報一二六七号一一一頁、浦和地裁平成一一年三月二九日判決・判例時報一六九四号一一七頁など多数)。
   逆に、幼児や児童の転落事故で瑕疵が否定された裁判例の多くが、当該営造物の利用者として幼児や児童が想定されていない場合であることは、これを裏付けるものとなろう(大阪地裁昭和五四年三月二六日判決・判例タイムズ三九五号七八頁、最高裁昭和五五年七月一七日判決・判例時報九八二号一一八頁、最高裁昭和六〇年三月一三日判決・判例時報一一五八号一九七頁など)。
   そして、視覚障害者の歩行特性への理解があれば、原告のとった行動がおよそ予想しがたい異常希有な行為であるとは言えないことは明らかである。
第三 求釈明の申立て
 一 本件事故現場において警告ブロックがホーム終端部まで延長された時期とその理由について明らかにされたい。
 二 谷町線天王寺駅において、警告ブロックが延長され、転落防止柵が設置された時期とその理由について明らかにされたい。
 三 大阪市営地下鉄営業課長通達(営業課s四)「視覚障害者への対応について」を提出されたい。

以 上


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