平成11年(ワ)第3638号 損害賠償請求事件 原 告  佐木理人 被 告  大阪市 準備書面      (第8回)                        2001年7月23日 大阪地方裁判所              第17民事部イ係            御中             原告代理人 弁護士  竹下義樹               同        岸本達司               同        神谷誠人               同        下川和男               同        坂本 団                同        高木吉朗               同        山之内桂               同        伊藤明子 記 第1 はじめに  1 かつて視覚障害者が駅ホームから転落して死傷した事故において,昭和50 年には上野訴訟(東京地裁)や昭和51年には大原訴訟(大阪地裁)が提起さ れ,当時新たに開発されていた点字ブロックが敷設されていなかったことが安 全設備を欠いた瑕疵に当たると主張して,駅ホームの設置管理者の責任が追及 された。これらの訴訟では,当時まだ全国的に普及していなかった新たな安全 設備である点字ブロックが敷設されていなければ,通常の安全性を欠くか否か が正面から問われた。上野訴訟や大原訴訟が提起されたことや,障害者らの運 動の結果,公共施設における点字ブロックの敷設は大きく前進し,特にほとん どの駅ホームでは点字ブロックが敷設されるようになった。点字ブロックの普 及により,視覚障害者の単独歩行の安全性が高まり,自立と社会参加に寄与す ることになったことはいうまでもない。  2 しかしながら,点字ブロックが敷設されていても,なお視覚障害者のホーム からの転落事故は後を絶たず,多くの方々が尊い命を失ったり,傷害を負った りする犠牲者が出ている。    視覚障害者がホームから転落しても,その原因は専ら本人の過失とされ,駅 の施設や安全対策上の問題が問われることはまずなかったが,これだけ多数の 視覚障害者が転落している現状からすると,視覚障害者の落ち度ということで 済まされる問題でないことは明らかであり,駅ホームの点字ブロックや転落防 止柵の不完全さや人的な安全対策の不十分さが検討されなければならない。  3 折りしも,平成13年1月,JR新大久保駅でホームから転落した男性を救 出するために軌道上に飛び降りた韓国人学生ら2人が,列車にはねられて死亡 するという痛ましい事件が起こり,全国的に大きく報道された。この事件を契 機としてホームの危険性が改めて認識され,その安全対策の必要性が強調され るようになった。    この新大久保駅での事故が発生する以前から,同駅では過去に数回転落事故 が発生しており,麦倉教授は,ホームに安全な幅員がないことがそれらの転落 事故の原因となっていることを指摘したのである(甲34・125頁,麦倉証 言35頁)。    このように,新大久保の事故は,事故原因には,転落した者の落ち度だけに 帰すことができない,ホームの安全上の問題があること,転落事故が発生した 場合,これを救出しようとする一般乗客の生命や身体までも危険に晒されると いう問題を教えている。  4 一方,平成12年11月には,「高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用 した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)」が施行され,省 令として「移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関 する基準(円滑化基準)」が同時に施行された。    円滑化基準の運用原則においては,当事者参加の徹底が求められており,利 用者の視点からの施設設備の改善が重要であることが法的にも承認されている。    したがって,被告を含めた交通事業者は,利用者である原告らの指摘に十分 耳を傾けるべきである。  5 本件訴訟において,原告は,点字ブロック等が一応普及した現状においても, 視覚障害者の歩行の安全に対しては十分な配慮がなされておらず,危険な状況 が放置されていることを明らかにし,視覚障害者の安全確保のためにさらに施 設等の改善が必要であることを訴えてきた。    裁判所におかれては,本件訴訟の今日的な意義を踏まえ,障害者の社会参加 と自立を前進させるべく,公正な判断をお願いする次第である。      第2 営造物の設置管理の瑕疵について  1 営造物の設置管理の瑕疵の判断基準  (1)国賠法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有 すべき安全性を欠く状態をいい,かかる瑕疵の存否については,当該営造物の 構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別 的に判断すべきものと解されている(最高裁大法廷昭和56年12月16日判 決・民集35巻10号1369頁等)。  (2)また,最高裁第一小法廷昭和55年9月11日判決(判例時報984号6 5頁)は,「国家賠償法2条1項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは, 営造物が通常有すべき安全性を欠くことをいうのであるが,当該営造物の利用 に付随して死傷等の事故の発生する危険性が客観的に存在し,かつ,それが通 常の予測の範囲を超えるものでない限り,管理者としては,右事故の発生を未 然に防止するための安全施設を設置する必要があるものというべきである。」と 判示した。    この判決は,港湾施設の建設工事中である埋立地内の道路を夜間走行してい た自動車が,岸壁から転落して運転者が死亡した場合において,その埋立地の 管理に瑕疵があるとして,その管理権を承継した北九州市が訴えられた事件で あるが,原審(福岡高裁)が管理の瑕疵を否定したのに対して,前記最高裁判 決は,前記の判示とともに,本件埋立地の管理者としては,一般車両が本件埋 立地内に立ち入って事故を起こす危険に備えて,夜間でも識別することができ るように,取付道路の入口付近に一般車両の立入りを禁止するための立札ない し標識灯を設置するなどして,進入車両の転落事故の発生を未然に防止するた めの安全施設を設置することが最小限必要であったものと解するのが相当であ るとした。さらに,同判決は,本件埋立地内のいわゆるA道路が一般車両の通 行が予定されていた道路法2条所定の道路にはあたらないこと,また,本件事 故当時,右A道路を含む本件埋立地が港湾施設工事の途中であって,その本来 の用途目的と無関係な一般車両のための安全施設についてはその検討,設置の 段階以前の状況にあったこと等の原判決が指摘した事情があったとしても,こ の点から直ちに,一般車両の本件埋立地への立入りを予測することが困難であ るとか,あるいはこれを予測して危険防止のための措置を講ずることを要求す ることが不当であるとすることはできないからである。してみれば,他に特段 の事情のない限り,本件埋立地の管理には瑕疵のあった疑いがあるものといわ ざるをえない。」と判示した。    このように,本来であれば,一般車両が立ち入ることが予定されていない場 所であったとしても,そこに客観的に危険な箇所があり,一般車両が立ち入る ことが通常予測されるのであれば,これに対する安全施設を設置しなければな らないというのが最高裁の立場である。  2 営造物の設置管理の瑕疵が否定される要件     最高裁第三小法廷昭和53年7月4日判決(民集32巻5号809頁)は, 6歳の幼児が,市の管理する道路南側側端に設置してある防護柵の上段手摺に 腰をかけて遊ぶうちに誤って約4m下の高校の校庭に転落し,傷害を負った事 故について,「本件防護柵は,本件道路を通行する人や車が誤って転落するのを 防止するために設置されたものであり,その材質,高さ,その他その構造に徴 し,通行時における転落防止の目的からみればその安全性に欠けるところがな いものというべく,本件幼児の転落事故は同人が当時危険性の判断能力に乏し い6歳の幼児であったとしても,本件道路及び防護柵の設置管理者である市に おいて通常予測することのできない行動に起因するものであったということが できる。したがって,右営造物につき本来それが具有すべき安全性に欠けると ころがあったとはいえず,本件幼児がしたような通常の用法に即しない行動の 結果生じた事故につき,市はその設置管理者としての責任を負うべき理由はな い。」と判示した。    このように,最高裁は,営造物の通常の用法に即しない行動の結果事故が生 じた場合において,その営造物として本来具有すべき安全性に欠けるところが なく,その行動が設置管理者において通常予測することができないものである ときは,その事故が営造物の設置又は管理の瑕疵によるものとはいえないと判 示している。    しかし,道路を通行する人や車両の転落防止という防護柵の通常の用法を越 えて,子どもが防護柵上に腰をかけたり,乗って遊んだりして転落事故が発生 した場合であっても,その防護柵が子どもの遊び場所になっており,防護柵を 超えて転落する事故が発生し,付近住民から安全対策をとるように陳情が行わ れるなどの事情があった場合には,当該防護柵は安全性を欠いた危険な営造物 と評価することができ,その設置管理者は,その危険を除去するべき措置を講 じない限り瑕疵があると評価すべきことになると考えられる(同旨昭和53年 度最高裁判例解説・266頁)。    したがって,営造物の瑕疵の評価は絶対的なものではなく,相対的なものと いうべきであり,例えば,全く同じ形状の防護柵であっても,転落事故が発生 し,設置者がその危険性を認識することが可能な場所の防護柵については設置 管理の瑕疵が肯定され,そうではない場所に設置された防護柵については瑕疵 が否定されるということも十分あり得ることに留意されなければならない。  3 下級審の裁判例   (1)大阪高裁平成6年12月7日判決(判例時報1529号80頁)は,市が 設置管理する公園内の池付近で遊んでいるうちに,3歳7か月の幼児が過って 池に転落し溺死した事故について,その池は景観を楽しむために設置された修 景池であって,本来幼児・児童の遊び場所として利用する目的で設置されたも のではないが,その池には幼児・児童の興味をそそるあひるや鴨が遊泳してお り,保護者同伴であっても幼児・児童が独りで池に近づき,足を滑らせるなど して水中に転落することがあり得ることは予測可能であり,水深からしても一 旦転落すれば自力ではい上がることができず,成人が近くにいてもこれを助け 上げることは極めて困難であるから,その池には転落防止のために防護柵等が 設置されるべきであったとして,「きけん」という看板は立てられていたが,防 護柵等の設置がなされていない池は,通常備えるべき安全性を欠くもので,設 置又は管理に瑕疵があったと判示した。    また,民法717条の工作物責任の事案であるが,大阪高裁昭和53年7月 31日判決(判例時報922号60頁,判例タイムズ370号99頁)は,監 視人がおらず子供が容易に出入りできるような空地内にある井戸に,6歳の子 供が転落して負傷した事案において,井戸の占有者は,どのような事情で他人 が転落するかもしれない危険性があり,このような危険性を除去するためには, その占有者として井戸に厳重な蓋をするとか,その回りに囲いをするなどの危 険性を除去するための設備を設置すべきであり,井戸の設置管理に瑕疵がある と判断した。    広島地裁平成2年8月31日判決(判例時報1368号101頁)は,最急 勾配が13.5%の町道につき,事故現場付近は急勾配であるうえにカーブし ており,道路の西側路側が高さ8m前後の切り立った崖になっており,また, 冬期には積雪が多く,スリップ事故の発生が予想されたから,これに備えて車 両の路外逸脱を防止するためのガードレール等の防護柵を設置する必要があっ たとし,これが設置されていなかった点において道路として通常有すべき安全 性を欠いており,瑕疵があったと判断した。加えて,事故に遭った運転手が, 本件事故現場が急勾配でスリップし易い場所であることを知っており,本件事 故当日,スリップを起こし易い状況にあることを認識しながら,スリップ事故 防止のために全タイヤにチェーンを装着するなどの措置を講じることなく進行 し,スリップし始めたときにフットブレーキを掛けたのみでサイドブレーキを 掛けなかったことなどに過失が認められるが,積雪時に急勾配の町道において 自動車がスリップして滑行するという事故が発生することは,通常予想し難い 異常稀有な事態とは認められず,運転手に前記過失が存しても前記道路の瑕疵 と本件事故との間の相当因果関係を肯定することができると判示した。    このように,通常予想し難い異常稀有な事態でない限り,瑕疵を認定し,営 造物の瑕疵と損害との因果関係を肯定するのが裁判例の傾向である。          以上のとおり,異常稀有な事態を除いては,通常の予測可能の範囲として, 事故の発生を予測すべきであるから,その予測すべき範囲というのは相当広範 であると解すべきであり,これに対応して,管理者は,存在する危険を除去す る措置をとらねばならないのである。  4 点字ブロックの不設置と駅ホームの設置管理の瑕疵  (1)最高裁第三小法廷昭和61年3月25日判決(民集40巻2号472頁) は,点字ブロック等の新たに開発された視力障害者用の安全設備が国鉄のホー ムに敷設されていないことが国賠法2条1項にいう設置又は管理の瑕疵に当た るか否かを判断するにあたっては,その安全設備が視力障害者の転落等の事故 防止に有効なものとして,その素材,形状及び敷設方法等において相当程度標 準化ないし当該地域に置ける道路,駅のホーム等に普及しているかどうか,当 該駅のホームにおける構造又は視力障害者の利用度から予測される視力障害者 の事故発生の危険性の程度,事故を未然に防止するため安全設備を設置する必 要性の程度及び安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮する ことを要する旨判示した。    しかし,この最高裁判決は,点字ブロックが普及する前に,いわば新たに開 発された安全設備が設置されていない場合における営造物の設置管理の瑕疵の 判断基準を示したものであり,本件のように,全国的に点字ブロックが普及し, 転落防止柵等も設置されているという状況下において,点字ブロックの敷設方 法や転落防止柵の設置方法を問題にしている事例とは基本的に異なるものであ る。    したがって,この最高裁判決の判断基準をそのまま本件に適用することはで きない。 第3 視覚障害者の転落事故の頻発  1 警告ブロック設置後も視覚障害者の転落事故が多発していること    昭和48年2月に発生した国電高田馬場駅における視覚障害者のホームから の転落事故を契機として,駅ホームに点字(警告)ブロックが敷設されるよう になり,全国的に普及していった。    ところが,点字(警告)ブロック敷設後も視覚障害者の転落事故は頻発して いる。平成4年の調査でも,鉄道を利用する視覚障害者109名中,25名が ホームから軌道上に転落した経験があり,延べ転落回数は45回にのぼった (甲・35頁)。    平成6年12月から平成8年9月までの間に,駅ホームから転落して死亡な いし重傷を負った視覚障害者は,少なくとも11人にのぼっており(うち死亡 9名),平成6年に視覚障害者団体が,視覚障害者100人に調査したところ, 3人に2人がホームからの転落を経験していた(甲30D)。    「視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会」が行った調査にお いても,視覚障害者30名中,駅ホームから軌道上に転落した経験を持つ人は 11名に及び,転落事故延べ件数は27件にのぼった(甲24の1・2)。この 調査結果については,原告準備書面(第五回)で詳述したので参照されたい。    したがって,被告を含む交通事業者は,警告ブロック敷設後も視覚障害者の ホームからの転落事故が多発しており,それが死亡や重傷といった重大な結果 となっていることに鑑み,視覚障害者の安全対策には万全の配慮をすべきであ り,特に,自社の駅ホームからの視覚障害者の転落事故が発生した場合には, その事故原因,施設・設備に問題点や改善すべき点はないかについて十分検討 のうえ必要な改善を図るべき状況にあったというべきである。  2 大阪市営地下鉄における転落事故の頻発    被告から任意提出された大阪市営地下鉄における事故報告書(甲15の2) によると,視覚障害者のホームからの転落事故は,平成元年から平成7年10 月の本件事故までの約7年間に25件(うち死亡者3名)も発生している(甲 15の2,甲42の1,甲49の1)。    以上の25件という件数そのものも多数というべきであるが,以下に述べる とおり,提出された事故報告書以外にも視覚障害者の転落事故は発生している と考えられる。    まず,視覚障害者がホームから転落しても,乗客により救出されて事無きを 得たため,駅員,運転士,車掌などの地下鉄職員に転落した事実が告知されな い場合が考えられる。このような場合は,事故報告書には含まれていない(田 宮証言11頁)。    次に,これまで,原告が被告に対して事故報告書の提出を求め,被告が任意 に裁判外で提出してきたものであるが,すべての事故報告書が提出されたとは 到底考えられない。    すなわち,「視覚障害者のホーム転落事故調査」(甲11)に掲載されていた 転落事故と原告に寄せられた情報に基づき判明した転落事故の合計5件(甲4 2の1〜3,甲49の1・2)については,従前提出されていなかったところ, 原告の指摘により提出されるに至った。しかも,原告が指摘する度に,被告は 指摘された事故報告書を五月雨的に提出してきたのである。    このような経過によると,原告にたまたま寄せられた情報に基づいて指摘し, 事故報告書が提出されるに至ったが,何故,それまでに,それら事故報告書が 提出されなかったのか理由が明らかでなく,原告が指摘した転落事故以外にも 事故報告書が隠されているのではないかとの疑いを持たざるを得ないのである。    この点,田宮証人は,平成10年10月20日に発生した阿波座駅の転落事 故については,転落した視覚障害者の方から事故として出さないように求めら れたために,事故報告書が阿波座駅に保管されており,提出できなかったと説 明した(田宮証言16頁)。    しかしながら,仮に,その視覚障害者が転落したことを家族等に明らかにし ないで欲しいと要望したとしても,転落事故の発生を被告内部で報告するかど うかは全く別問題であり,転落者の要望によって被告内部で報告書を提出しな いことなどあり得ないことである。しかも,前記事故で転落した西山聖也の母 西山ひろ子は,家族も職場も転落の事実は知っており,前記のような要望をし た事実はないことを明確に陳述している(甲46)。    よって,前記田宮証言は明らかな虚偽の証言である。    また,阿波座駅以外の事故報告書が何故提出されなかったのかについて,被 告からは全く説明がなく,田宮証人は,抽出する段階で担当者が見落としたと 思うと証言した(田宮証言17頁)。    しかし,5件もの事故報告書を担当者が見落としたとは考えにくく,被告か ら何ら説明がないことを勘案すると,転落事故の発生件数を少なく見せかける ために意図的に提出しなかったとの疑いを持たざるを得ない。とりわけ,5件 のうち2件が本件事故直前の平成7年に発生していることから,本件事故直前 に発生した事故件数を少なく見せる意図があったとしか考えられない。    いずれにしても,平成元年から本件事故までに,25件以上の視覚障害者の 転落事故が発生しており,減少する兆しがないばかりか,平成7年に入ると本 件事故までに6件もの転落事故が発生し,極めて多発していたといえるから, 被告としては,事故原因を十分に調査検討したうえで,設備の問題点や改修す べき点を検討し,視覚障害者の転落事故の再発を防止するため可及的速やかに 最大限の安全対策を講ずべき状況にあったといわねばならない。    しかし,被告において,転落事故原因等について調査検討をしたという形跡 は認められない(田宮証言35頁)。事故原因の調査は,安全対策の基本である から,被告の安全に対する配慮のなさを露呈しているというべきである。 第4 本件駅ホームの構造・状況の特徴  1 本件で瑕疵の存否が問題となっている営造物は,被告が設置管理している地 下式鉄道駅である御堂筋線天王寺駅(以下「本件天王寺駅」という)下りホー ム(以下「本件ホーム」という)である。その構造は相対式ホームで,Aから Dまで4つの階段があるが,C階段を除き,階段脇の通路幅が約150cm(福 祉ウォッチングの会測定によれば147cm 甲11,麦倉証言22頁)程度 しかないこと,向かいのホームが島式になっており,天井の形状も複雑になっ ていること,サードレール方式(軌道脇に第三軌道を置き,車体下部の集電器 から電力を得る方式)を採用しており,軌道脇に高圧電流が流れているため, 感電死の危険があり,軌道建設規程上,路線上への立入禁止措置の徹底を要す ること(軌道建設規程第3条,第21条の4),ホーム中央部には30cm幅の 警告ブロックが縁端部からの距離約72cmの位置に連続してホーム縁端と平 行に敷設されていたが,本件事故現場である終端部付近では縁端部の警告ブロ ックが約5mにわたって敷設されていなかったこと,終端部の線路と垂直の立 入禁止柵および線路と平行の転落防止柵はいずれも設置されていなかったこと, 終端部の壁の材質および構造は階段裏の壁とほぼ一致しており,触知しただけ では区別がつかないこと,本件事故現場付近には,「立入禁止」と書かれたプレ ートが掲げられていたが,その他に視覚障害者が終端部を認識しうるような標 識は設置されていなかったこと,がそれぞれ特徴として挙げられる。  2 また,本件事故当時,本件ホーム上に監視の駅員は立哨しておらず,ホーム 上を車両進行方向から後方へ向けて撮影している監視カメラが稼動していたが, これを注視している駅員はいなかった。  3 本件天王寺駅は,被告運転路線である谷町線天王寺駅に接続しているほか, 近鉄あべの橋駅(近鉄南大阪線),JR天王寺駅(関西本線・環状線・阪和線・ 関西空港線・紀勢本線)と乗換え連絡しており,大阪都心部と大阪南部・奈良・ 和歌山をつなぐ主要ターミナル駅となっている。本件天王寺駅の1日の乗降客 数は,平成8年2月の調査時点で,大阪市営地下鉄全駅のうち,御堂筋線梅田, 同難波,同淀屋橋に次いで4位となっており,20万4000人余りにのぼっ ている(乙7)。    このように乗降客数が多数にのぼることから,そのうちの一定割合を占める 視覚障害者の絶対数も多数となることは当然であるし,本件天王寺駅及びその 沿線には,大阪府立盲学校(JR天王寺駅),大阪府盲人福祉センタ(谷町線四 天王寺夕陽ケ丘駅),大阪市身体障害者スポーツセンター(地下鉄御堂筋線長居 駅),大阪市立早川福祉会館(谷町線駒川中野駅),大阪府障害者社会参加促進 センター(谷町線谷町9丁目),平和寮,浪速障害者会館,西成障害者会館,大 阪市視覚障害者福祉協会等(乙37)の視覚障害者・身体障害者用施設がある ので,本件天王寺駅は乗換え客を含めて,視覚障害者が利用する頻度は他の駅 と比べても相当高いと考えられる。     第5 本件ホームの設置管理の瑕疵  1 本件ホームの設置管理の瑕疵    本件ホームの東側終端付近において,@警告ブロックも転落防止柵も設置さ れておらず,視覚障害者に対してホーム縁端部であることを表示し,その転落 を防護する設備がなかったこと,A立入禁止柵が設置されておらず, 視覚障害 者に対してホーム終端部であることを表示し,転落を防護する設備がなかった ことが,本件ホームの設置管理上の瑕疵に当たる(麦倉証言17頁)。    なお,転落防止柵及び立入禁止柵の用語の定義は,被告準備書面(三)13 頁によるものとする。  2 駅ホームの安全対策上の問題点    麦倉教授は,視覚障害者に対する駅ホームの安全対策上の主たる問題点につ いて,@柵対策の不備(両端柵の隙間,警告ブロックと柵との連携等),A安全 通行幅員対策の不備(狭幅員,障害物,傾斜・勾配等),B視覚障害者用ブロッ ク基準の不備(形状,材質,触知コントラスト,両端部での設置方法等)と整 理している(甲34・3頁,甲35・107頁)。    @柵対策とは,駅ホームからの転落事故が発生するのは,ホームから転落す る危険空間が存在するからであり,危険空間を極力なくすために,終端柵や縁 端柵を可能な限り設置して転落を防止することにあり,A安全通行幅員対策と は,安全に歩行できる十分な幅員を確保して転落を防止するとともに,障害物 がない,段差・凸凹がない,滑らない,傾斜・勾配も少ないというように安全 に歩行できる状況を実現して,転落を防止することにあり,B視覚障害者用ブ ロック基準とは,視覚障害者が識別し易い形状・材質・触知コントラストの点 字ブロックの基準を設け,適切に敷設をすることによって,点字ブロックを利 用して歩行する視覚障害者の転落を防止することにある(麦倉証言11〜13 頁)。 本件事故に最も直接的に関係すると考えられるのが,柵対策の不備による危 険空間の放置である。  3 警告ブロック及び転落防止柵の不設置の瑕疵  (1)危険空間に当たること 本件ホームの東側終端付近は,ホーム終端部から5m20cmの範囲におい ては,警告ブロックも転落防止柵もない,いわゆる「危険空間」が存在した。 ホーム縁端部近くであることを示す警告ブロックがない以上,視覚障害者が ホーム縁端であることを認識する手掛かりはなく,転落防止柵もない以上,転 落を防護する設備も全くないことになるから,このような警告ブロックも転落 防止柵もない部分は,視覚障害者にとっては転落してしまう恐れが高い,極め て危険な空間に当たることは多言を要しない。 麦倉教授らは,京王線,山手線,都営新宿線のホームの安全性について調査 をしているが,そこでは,縁端沿い警告ブロック外空間(両端柵とブロックエ ンドとの隙間)について調査が実施されており(甲34・17頁),麦倉教授ら の市民グループにおいても,警告ブロックも転落防止柵もない部分の危険性が 明確に認識されていたことも,その危険性の明白性を裏付けている。 駅ホームでは,終端付近を含め,ホーム上のどの場所であっても視覚障害者 の安全性が確保されていなければならないことは当然であるから,終端付近で あるから危険空間があっても許されるということにはならない。 本件ホームの警告ブロックは,前記のホーム終端部から5m20cmの地点 付近において,線路と反対側方向に直角に屈曲しているが,視覚障害者がその 屈曲部分をまたぎ越すなどして,気がつかないまま通過し,前記の危険空間に 入り込んでしまうことは容易に予想できたといわねばならない。特に,前記屈 曲部分は,二重にブロックを敷設するなどの手当てがされておらず,視覚障害 者が屈曲部分に気付かずに通過してしまう可能性はより高かったといえる。さ らに,後述するとおり,大阪市営地下鉄において本件事故と類似の転落事故が 発生し,被告はこれを認識していたことからすると,遅くとも本件事故までに は,視覚障害者が前記屈曲部分を超えて「危険空間」に入り込むことは十分予 想できたというべきである。  (2)類似事故の発生    大阪市営地下鉄では,被告が任意に提出した事故報告書だけからでも,平成 4年7月3日に発生した谷町線駒川中野駅の転落事故,平成6年2月15日に 発生した御堂筋線長居駅の転落事故,同年12月5日に発生した四つ橋線西梅 田駅の転落事故,平成7年6月24日に発生した谷町線天王寺駅の転落事故な どは,いずれも視覚障害者が,警告ブロックも転落防止柵も設置されていない 箇所から転落していることが明らかとなっている。とりわけ,前記事故のうち 平成6年2月15日,同年12月5日及び平成7年6月24日の事故は,本件 事故と全く同様に,ホームの終端付近で屈曲した部分を超えて「危険空間」に 入り込んで転落したと推認されるものであった。    被告ではこれらの転落事故が内部的に報告がなされており(甲15の2),特 に,平成7年6月24日の事故は死亡事故であり,運転課長まで報告がなされ ているから(運転課長までの決裁印がある),本件事故までには,警告ブロック も転落防止柵もない「危険空間」において,視覚障害者が転落する危険性が高 いことを十分認識していたというべきである。  (3)点字ブロック・転落防止柵の設置基準の変更    平成7年6月24日に発生した谷町線天王寺駅事故を契機として,被告は, 同年9月までには,警告ブロックの設置基準及び転落防止柵の設置基準を変更 し(証人田宮は平成7年9月までに変更後の基準で改修工事を発注していたこ とを認めている。田宮証言・41頁),ホーム終端付近に転落防止柵がない場合 は警告ブロックをホームの終端部まで延長し,転落防止柵がある場合には警告 ブロックを転落防止柵まで延ばして連続させることにした(乙40,乙47)。    同様に,列車の後部は,後部停止位置から5mの範囲は転落防止柵が設置さ れていなかったが,前記の設置基準の変更により,その範囲が1mに減らされ た(乙40)。    この設置基準の変更は,谷町線天王寺駅事故等に鑑み,被告もようやく「危 険空間」を放置していたことの問題性を認識し,「危険空間」をできる限り少な くするという観点からその改善を図ったものである(田宮証言20頁)。    このように,被告は,転落事故が発生した駅の設備を変更したというのでは なく,警告ブロックと転落防止柵の設置基準まで見直していたのであるから, 本件事故までに,警告ブロックも転落防止柵もない「危険空間」から視覚障害 者が転落する事故の発生を予測し,視覚障害者が転落する危険性が高いことを 十分認識していたことは明らかである。    また,前記の設置基準の変更による改修工事が技術面でも費用面でも何らの 困難を伴うものでないことは明らかであり,例えば,警告ブロックの延長など は,1日あれば工事が完了する程度のものであった(田宮証言42頁)。これに 対し,被告は,全駅の警告ブロックの延長工事には相当の時間を要する旨主張 するようであるが,前述したとおり,本件天王寺駅は,大阪市営地下鉄におい て乗降客が4位の主要駅であり,多数の視覚障害者が利用していたから,優先 的に改修工事が行われて然るべきであったといえるし,本件事故までに警告ブ ロックの延長工事を実施することができなかったことを正当化する理由は被告 から一切主張されていない。よって,被告の上記主張は失当である。    以上にもかかわらず,本件ホームでは,本件事故までに警告ブロックの延長 工事は実施されなかった。 (4)「5m基準」について    被告は,本件事故現場付近のホーム縁端部には,転落防止柵を設置すること はできなかったと主張し,その理由として,列車が過走して停止位置を超える 場合を考慮して,被告の内部基準により,列車の先頭の停止位置の前方5mの 範囲には転落防止柵を設置しないと定めていたことを挙げる(以下「5m基準」 という)。 しかし,平成6年改正前の普通鉄道構造規則33条6項では,プラットホー ムの有効長は,プラットホームに発着する最長の列車の長さに5mを加えなけ ればならない旨規定されていたが,この規定は前記の「5m基準」を定めたも のではなく,前方と後方と併せて5mの余裕があればよいという規定である(田 宮証言10頁)。  平成6年改正後の普通鉄道構造規則33条8項は,プラットホームの有効長 は,プラットホームに発着する最長の列車の長さ以上であって,かつ,旅客の 安全及び円滑な乗降に支障を及ぼすおそれのないものと定められ,5mの余裕 さえ必要でなくなった。 前述した普通鉄道規則の規定,さらには列車停止の性能の向上等に基づいて 前記改正がなされたものと考えられるところ,本件事故当時,被告において, 「5m基準」をどうしても墨守しなければならない理由はなく,「危険空間」を 減らすために転落防止柵を設置すべきであった。 しかも,大阪市営地下鉄のホームには,「5m基準」が守られてない駅も多く (乙27),被告は,「5m基準」が守られていない駅の一部については乗降階 段横で危険であることを理由としているが,被告自身がそのような例外を認め ていること自体,「5m基準」は絶対に遵守されなければならないものではなく,  乗客の安全性との関係で変更することが十分可能であることを示している。 本件事故現場は,列車先頭の停止位置と終端部とは5m20cmの距離があ るから,視覚障害者の安全性を考慮すると,数十cmでも転落防止柵を設置す ることは可能であったし,設置すべきであった。そうすれば,本件事故は防げ たのである。 (5)堺筋線日本橋駅の転落防止柵 堺筋線日本橋駅1番線先頭の終端部は,乗降階段等がなく,行き止まりの壁 となっており,その壁の端とホーム縁端部の間隔が約40cmと,本件事故現 場の終端部と酷似している(甲43・GH)。 ところが,前記日本橋駅のホーム終端付近には,転落防止柵が設置されてお り,その転落防止柵と先頭の列車停止位置との距離は4m67cmとなってい る(乙27)。この駅では,「5m基準」を守らないで転落防止柵が設置されて いるのである。 このように,前記日本橋駅のホームに転落防止柵が設置されていることから すると,本件事故現場に同様の転落防止柵を設置することは可能ということに なる筈であり,田宮証人も設置が可能であることを認めている(田宮証言29 頁)。    前記日本橋駅に転落防止柵が設置されたのが,本件事故前であったか否かに かかわらず,本件事故現場では,本来,転落防止柵が設置されるべき場所であ り,これを設置しないことに何らの合理的理由も認められない。    のみならず,本件事故後,原告は,被告に対し,本件事故現場に転落防止柵 を設置するように要望したにもかかわらず(甲44の1),その設置の必要性は ないと回答し(甲44の2),現在に至るまで,転落防止柵を設置することなく 危険な状態のまま放置し続けているのである。  (6)瑕疵の存在    以上によると,本件事故現場付近には,「危険空間」を防護するために,警告 ブロックが終端部まで延長されるか,転落防止柵を設置するか,あるいは警告 ブロックと転落防止柵を連続して設置すべきであったというべきであり,「危 険空間」を放置したことは明らかに瑕疵に該当する。  4 立入禁止柵の不設置  (1)危険空間に当たること    本件ホーム東側終端部には,立入禁止柵が設置されておらず, 視覚障害者に 対してホーム終端部であることを表示し,転落を防護する設備がなかった。    本件ホームの東側終端部は,本件ホームの階段の裏側や柱と同種の材質の壁 となっており,視覚障害者が触知した場合には,階段の裏側や柱との区別がつ かず,終端部であることを認識することができず,また,終端部の壁とホーム 縁端部との間には約40cmの間隙があったから,終端部であることを認識し ないまま進み,その「危険空間」から転落する危険性があった。    前述したのと同様に,麦倉教授らは,京王線,山手線,都営新宿線のホーム の安全性について調査をしているが,そこでは,両端柵空間(柵と縁端との直 角方向隙間)について調査が実施されており(甲34・17頁),麦倉教授らの 市民グループにおいても,ホーム終端部の空間の危険性が明確に認識されてい たことも,その危険性の明白性を裏付けている。 前述したとおり,駅ホームでは,終端付近を含め,ホーム上のどの場所であ っても視覚障害者の安全性が確保されていなければならないことは当然である から,終端部であるから危険空間があっても許されるということにはならない。  (2)建築限界の問題    鉄道には,軌道中心を基準として車両限界と建築限界の二通りの限界値設定 があり,相互に干渉しないように設計をしなければならないとの制約がある。  軌道法の適用になる被告の場合も,同法による普通鉄道構造規則の準用により, 同様に制約がある。    普通鉄道構造規則(乙56の1)では,旅客が窓から身体を出すことのでき ない構造の車両のみが走行する区間にあっては,建築限界を20cmとするこ とが可能であり,東京都,京都,名古屋の各交通局では20cmを建築限界と して採用している(麦倉証言19頁)。よって,被告においても,建築限界を2 0cmとすることは可能な筈である。    しかも,大阪市営地下鉄の駅には,立入禁止柵と縁端部との間隔が明らかに 40cmを切っているというホームが存在しており(甲43@〜F),本件ホー ムであっても立入禁止柵を設置することは可能であったと考えられる。    田宮証人も,本件ホームのように,終端部に立入禁止柵がないホームが極め て少ないことを認めており(田宮証言27頁),立入禁止柵により防護されてい ないことが,極めて例外的なことであり,安全上問題があったことを事実上認 めているものである。  5 運輸省ガイドラインとの不適合  (1)ガイドラインの趣旨    視覚障害者の駅ホームからの転落事故は,昭和48年の山手線高田馬場駅事 故の裁判(上野訴訟)で大きな社会問題となったが,その後も転落事故により 多くの犠牲者を出し続けていた。    ところで,運輸行政においては,昭和57年の国際障害者年を契機として, 同年7月の運輸政策審議会の答申により,身体障害者のモビリティの確保が今 後の高齢化社会における高齢者のモビリティの確保と軌を一にするものであり, 一般的な交通弱者対策として取り組む必要があることがすでに指摘され,翌昭 和58年3月には,鉄道駅と身体障害者を主たる対象とする「公共交通ターミ ナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン(以下「旧ガイドライン」と いう,甲17)が策定され,交通事業者に周知されるに至った。旧ガイドライ ンにおいては,点字ブロックの敷設や転落防止柵の設置について具体的に指針 が示された。この指針は,後述する新ガイドラインでも基本的に引き継がれて いる。    運輸省は,障害者の自立と社会参加の要請の一層の高まりと高齢化社会の進 展を背景として,旧ガイドライン以降に進んで技術水準を取り入れ,自動車や 船舶を含む一般的な公共交通施設を対象とした総合的な新指針を作るという方 針のもと,平成6年3月,「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のた めの施設整備ガイドライン」(以下「新ガイドライン」という,甲12)が策定 され,交通事業者宛に周知された(甲18)。    新ガイドラインでは,将来的な整備を想定した参考事例的部分(音声誘導装 置等)と,策定時現在における施設設備の標準事例的部分(警告ブロック等) が明確に分けて記載されている。    点字ブロックの敷設及び転落防止柵の設置は,策定当時に備えておくべき標 準的な設備として記載されているから,新ガイドラインの定めは,安全性確保 のための施設設備の標準を示しているものというべきであり,したがって,新 ガイドラインの定めに反する態様で設置がなされている場合には,原則として 通常有すべき安全性を欠いており,当該営造物の瑕疵が推定されるというほか ない。    仮に,ガイドライン違反により,当該営造物の瑕疵が直ちに推定されないと しても,少なくとも当該営造物の瑕疵を基礎付ける重要な要素になることは明 白である。    なお,運輸省ガイドラインの制定経過と法的位置付けについては,原告準備 書面(第2回)30〜40頁,同(第3回)3〜8頁に詳述しているので,参 照されたい。  (2)警告ブロックの不備    新ガイドラインにおいては,ホームの問題点と留意点として,「ホームにおい ては,視覚障害者の場合,ホームからの転落の危険性が高く,ホーム縁端部の 危険表示を明確にすることが必要である。」と記載され,ホームの技術的水準と しては,「ホームの縁端は,警告ブロックを設置して,危険を防止する。」と記 載されている(甲12・53頁)。また,点字ブロックの技術標準については, 「プラットホームは縁端部の危険表示として,警告ブロックを縁端から80c m以上の位置に,幅30cmまたは40cmで連続して設置することが望まし い。」と記載されている(甲12・65頁)。かかる技術的標準の記載のうち, 重要な要素は,「危険表示として」「連続して」の部分である。    すなわち,敷設の位置および幅には一定の許容範囲があるが,警告ブロック が「縁端部の危険表示」であること,そして,それゆえに「連続して」敷設す べきことは新ガイドラインのなかで明確に指示されているのである。    これに対し,被告は,運輸省ガイドラインは現在及び将来の施設整備の一応 の指針を定めたものであり,法律上の拘束力を有するものではなく,そのこと は,「標準」,「望ましい」と記載されていることから窺えると主張する。    しかしながら,前記のとおり,新ガイドラインにおいては,ホーム縁端部の 警告ブロックの設置については「望ましい」との表現は用いられておらず,警 告ブロックの設置を明確に指示しているし,新ガイドライン制定時には鉄道に おける警告ブロックの設置は相当程度普及していたから(大手私鉄及び営団・ 公営地下鉄ではほぼ100%である,甲12・32頁),警告ブロックに関する 新ガイドラインの定めが単なる「望ましい」指針に過ぎず,交通事業者がこれ を遵守するか否かは全く自由ということはあり得ないことである。    しかも,行政や鉄道関係者等により構成された委員会において策定された運 輸省のガイドラインは,鉄道事業者にとって共通のベースとなり,かつ対策の ミニマムとしての意義を有するから(麦倉証言14頁),それが「望ましい」と いう表現になっている部分があるからといって,鉄道事業者が,ガイドライン のとおりに実施してもしなくても全く自由であるというのではなく,むしろ, そのガイドラインの趣旨を汲み取って,相応の対応を講じなければならないの である。    とりわけ,被告は,地方公共団体として,障害者が交通施設等を円滑に利用 できるように配慮すべき法的義務を負っているから(障害者基本法22条の2 第1項,第3項),鉄道事業者としても指導的立場になければならず,ガイドラ インが定める技術的標準を完全に実施することはもちろん,ガイドラインが定 める技術的標準等の意義・趣旨を十分に汲み取ってより先進的な安全対策を講 じなければならないというべきである(原告準備書面【第3回】6〜8頁参照)。    ところが,上記のとおり,「危険表示」としての警告ブロックは「連続して」 敷設すべきものとされているのに,被告は,何らの合理的理由もなく,本件ホ ームの終端部に敷設していなかったものであり,本件ホームは,新ガイドライ ンの定めに反し,標準的な安全性を有していなかったといわねばならない。    前述したとおり,被告は,平成7年9月,縁端警告ブロックの設置基準を変 更し,ホーム終端部あるいは転落防止柵に至るまで警告ブロックを延長してお り,警告ブロックを終端部あるいは転落防止柵まで連続して敷設することが視 覚障害者の安全に資すること及びそのように敷設することに何らの困難はなか ったことは明らかである。  (3)立入禁止柵の不備    新ガイドラインが定めるホームにおける技術的標準として,転落防止柵につ いては,「ホーム両端には危険を防止するために,高さ110〜150cm程度 の柵を設ける。」と記載されている(甲12・53頁)。ここには,「望ましい」 という表現は用いられていない。    ところが,本件事故現場付近の本件ホーム終端部には,立入禁止柵も転落防 止柵も設置されていなかった。そのため,視覚障害者にとっては,ホーム終端 部分であることが認識できないために,ホーム終端部から転落したり,また, 縁端部からの転落を回避することができないという危険な状態にあった。    後述するとおり,田宮証人も,本件事故現場付近に,堺筋線日本橋駅1番線 の先頭の終端部と同様に,転落防止柵を設置することが可能であることを認め ており(田宮証言30頁),転落防止柵を設置しないことに合理的理由はないと いうほかない。  (4)警告ブロックと転落防止柵の連続    駅ホームの姿図は,旧ガイドライン(甲17・49頁)及び新ガイドライン (甲12・53頁)に掲載されているが,いずれも,ホーム終端部では,警告 ブロックがコの字型に屈曲している部分から,これに連続する形で転落防止柵 が設置されている。警告ブロックと転落防止柵を連続して設置することにより, 「危険空間」をなくす,あるいは可能な限り少なくすることができるのであり, 運輸省ガイドラインでは,そのようなホームを望ましい姿として例示している ものと考えられる。麦倉教授らの調査グループも同様の見解を採っており,「運 輸省のガイドラインをみると,両端柵の設置例として,島式ホームを逆コの字 型に巻き込む形を示している。これによると,両端部ばかりでなく,縁端部の 一部に柵を設置することで,転落危険箇所をいくぶん少なくすると同時に,ホ ーム上の警告ブロックの両端部と連動させている。つまり,警告ブロックが終 了した両端方面の縁端部から両端部にかけて,柵を設けることを示している。 第1事例の中川原や第6事例の天王寺の事故(本件事故のことである)は,こ うした運輸省の例にならって設置されていれば,防げたことになる。」と指摘し ている(甲11・53頁)。    このように運輸省ガイドラインは,旧ガイドラインのときから,警告ブロッ クと転落防止柵を連続させて設置することを示唆しており,被告は,運輸省ガ イドラインの示す図面のとおりに設置すべきであったというべきであり,敢え て運輸省ガイドラインに適合しないホームを造る合理的理由はどこにもない。    よって,本件ホームが運輸省ガイドラインに適合しないことは,被告の設置 管理の瑕疵を推定させるものであり,少なくともその瑕疵を基礎付ける一要素 になるといわねばならない。 6 視覚障害者に対する安全対策の欠如 (1)立哨駅員の不在    本件事故当時,本件ホーム上に監視の駅員は立哨していなかった。また,本 件ホーム上には車両進行方向から後方へ向けて撮影している監視カメラが稼働 していたが,これを注視している駅員はいなかった。  (2)「視覚障害者への対応について」の通達の不実行    平成7年6月24日に発生した谷町線天王寺駅の事故の後である同年7月1 3日,改札係員は,視覚障害の乗客を改札口付近で見かけた場合には,地下鉄 職員である旨を伝えて,積極的に「一声」をかけるとともに,必ずこの旨を駅 長室へ業務連絡(報告)すること,視覚障害者の乗客の意向を確認して,依頼 を受けた場合は必ずホームまで案内すること,降車駅に当該列車の到着予定時 刻及び乗車位置等を必ず連絡すること,降車駅の職員はホームまで迎えに行き, 必ず地上まで案内するなどの運転課長・営業課長通達「視覚障害者への対応に ついて」(乙38)が出された。    ところが,この通達は全く徹底されておらず,実行されていない場合が多か った。平成7年7月29日に発生した中央線森ノ宮駅の転落事故において,駅 職員が転落した視覚障害者に「一声」をかけた形跡はなく,同事故の事故報告 書(甲42の1)に駅長より管区内各駅に営業課長通達「視覚障害者への対応 について」の周知徹底方を図ったと記載されていることからしても,声掛けが なされなかったことが窺える。    本件事故の際,原告も乗車した梅田駅の改札係員から声を掛けられた事実は なく,前記通達が実行されていなかった。これに対し,被告は,原告には友人 が付き添っていたから敢えて声掛けをしなかったかのように主張しているが, 田宮証人によると,梅田駅の改札係員は,原告が改札口を通ったことを確認し ていなかったことを認めており(田宮証言27頁),改札口において視覚障害者 が乗車するところを確認し,声を掛けるということが実行できていなかったこ とを認めている。    「一声」かけが実行されていなかったことは,本件事故後の平成7年10月 25日に,高速運輸部長名で「視覚障害者への対応の徹底について」という通 達が出され,前記通達(乙38)の周知徹底を求めていることからも裏付けら れる。 (3)前記通達(乙38)が視覚障害者に知らされていなかったこと    前記通達のとおり,改札係員が視覚障害者に声をかけたり,視覚障害者が駅 職員に依頼をすれば,ホームまで付き添い,降車駅にも駅職員が迎えに来て地 上まで付き添うというサービスがあること自体,視覚障害者には一切知らされ ておらず(田宮証言26頁),原告もそのような制度は知らなかった。点字構内 案内図にも平成12年度版に初めてこのサービスが記載されており,それまで は記載されていなかった(田宮証言32頁)。    このように,視覚障害者に対して,サービスが案内されていなければ,この サービスが必要な視覚障害者が自らの意思で利用することはできないから,全 くの「絵に描いた餅」に過ぎず,実質的にサービスとして機能していなかった というほかない。 (4)人的な安全対策の欠如    以上に述べたとおり,本件ホームに立哨駅員がいなかったこと,改札係員も 視覚障害者への声掛けを実行していなかったことからすると,視覚障害者に対 する人的な安全対策も全く欠如していたというほかなく,このような安全対策 の欠如は,前述した本件ホームの瑕疵と相俟って,より高度の転落事故発生の 危険性が認められることになるから,本件ホームの設置管理の瑕疵を基礎付け る要素になるものである。 7 転落防止柵設置の陳情   被告は,本件事故前に,本件事故現場に転落防止柵を設置するように陳情され ていなかったことをもって自己に有利な事情とするようである。   しかしながら,被告が認めるとおり,平成6年12月には視覚障害者団体から, ホームに転落防止柵を設置するように要望を受けたことがあり,これに対し,被 告は「5m基準」の説明をしたというのであるから,まさに,ホーム終端部の転 落防止柵の設置を求める要望を受けていたというべきである。したがって,本件 事故現場に転落防止柵を設置することを求める要望がなかったとしても,前記の ような要望があった以上,本件事故現場を含めて転落防止柵の設置を検討すべき であったことは当然である。   また,前述したとおり,大阪市営地下鉄においては,警告ブロック及び転落防 止柵のない「危険空間」からの転落事故が多発していたから,視覚障害者からの 要望があろうとなかろうと,「危険空間」の存在は十分認識していたものであり, 要望や陳情の有無を問題にすべきではない。 8 まとめ   以上に述べた諸事情を勘案すると,本件事故現場は視覚障害者が転落する危険 性が高く,転落事故が発生すれば死傷等の重大な結果が生じることになるから, 通常の安全性を欠いていたことは明らかであり,本件事故の発生は通常の予測の 範囲に十分入るものであるから,本件ホームの瑕疵が認められるべきである。 第6 本件瑕疵と本件事故との因果関係  1 本件事故状況及び原告の歩行状況に鑑みると,警告ブロックが本件ホーム東 側終端部まで延長されておれば,原告が終端部の壁を回り込もうとする際に, 警告ブロックが足若しくは白杖に触れ,ホーム縁端付近であることに気付き, 列車に接触し,転落することがなかったことは明らかである。  2 同様に,転落防止柵が設置されるか,警告ブロックと転落防止柵が連続して 設置されておれば,原告は,白杖が転落防止柵に触れることによりホーム縁端 部付近であることに気付き,ホーム縁端方向に移動することはなかったし,あ るいは,転落防止柵により防護されることにより,列車に接触し,転落するこ とがなかったことは明らかである。  3 同様に立入禁止柵が設置されておれば,原告は,白杖が立入禁止柵に触れる ことによりホーム終端部であることに気付き,それ以上ホーム終端方向に移動 することはなかったし,あるいは,立入禁止柵により防護されることにより, 列車に接触し,転落することがなかったことは明らかである。  4 以上のとおり,本件ホームの瑕疵と本件事故発生との因果関係は争う余地の ないものである。 第7 原告には過失がなかったこと  1 原告の過失の有無を判断する際の基準  以下においては,本件事故について原告には過失がなく,本件事故は原告が 注意義務を尽くしていたにもかかわらず,専ら本件ホームの瑕疵が原因で発生 したものであることについて述べる。その際,留意されるべきことは,原告に 要求される注意義務は,当然ながら全盲の視覚障害者として通常一般に要求さ れる注意義務であることである。    原告の歩行について,仮に「もう少し注意していれば,このように行動でき たのではないか」とか「こんなことにも気づかないのは,原告に落ち度があっ たからではないか」等,素朴な疑問をもったとしても,その際,無意識のうち に晴眼者を基準として判断していないか,あくまでも通常一般の視覚障害者を 基準としてみたときに,果たして原告に不注意があったといえるのか,常に吟 味することが必要である。    もし,視覚障害者の歩行特性を正しく理解せず,少しでも晴眼者を基準とし て判断するようなことがあれば,原告に対して不可能を強いることになって, ひいては視覚障害者の単独歩行を否定することになりかねない。    極めて多数の視覚障害者がホームからの転落を経験しているという現実をみ れば,これらがすべて視覚障害者自身の過失として片づけられる問題でないこ とは明らかである。    このように,原告の過失の有無を判断するに当たっては,視覚障害者に不当 に重い注意義務を課すことがあってはならないのである。  2 乗車位置の確認について (1)被告は,原告がいつもと異なる乗車位置から乗車したことないし乗車位置を 確認しなかったことをもって,原告に不注意があったと主張する(被告準備書 面(七)・4頁,被告準備書面(10)・21頁)。    しかし,これについてはすでに詳細に反論したとおりであり(原告準備書面 (第七回)・3〜5頁),乗車位置を決めておくのは便宜のためであって,視覚 障害者であれ晴眼者であれ乗車位置を確認すべき義務は存しない。    視覚障害者の歩行訓練においても,ルーチンで利用する駅の場合に乗車位置 について指導することはあっても,訓練を受ける者が必ずしもこれに拘束され るわけではない。また,当然ながら,個人の行動様式や活動範囲などにより, 現実には訓練とは異なる乗車位置から乗車することは日常的にあり得ることで ある(村上証言27,28頁,原告本人調書12,13頁)。    これを,視覚障害者に限って常に乗車位置を決めておいてこれを確認しなけ ればならないとするのは,その行動を不当に制限することに他ならない。 (2)この点について,被告は,梅田駅まで同行した友人に,乗車や降車の援助を 依頼するか,いつもの乗車位置へ誘導してもらうかしてもらうべきだったのに これをしなかった原告に不注意があったと主張する(被告準備書面(一)・22 頁,被告の準備書面(10)・21頁)。    しかしながら,乗車位置を確認するために晴眼者に同行を求めることは,必 ずしも安全であるとはいえない(村上証言28,29頁)。    また,前述のとおり原告にはそもそも乗車位置を確認すべき義務が存しない うえ,偶々その日初めて付添いをしてくれた友人にできるだけ負担を掛けたく ないという思いがあったし,かつ,視覚障害者である原告がいつも使っている 乗車位置を友人に説明することは現実的にはほとんど不可能であったことから すれば(原告本人9〜11頁),原告が友人に乗車や降車の援助を依頼するか, いつもの乗車位置へ誘導してもらうべき義務があったとはいえない。    さらに,被告は,原告が友人に何両目に乗車したのか聞かなかったことも原 告の過失であると主張するが(被告準備書面(10)・21頁),原告は普段か ら何両目と意識して乗ることはないのであり(原告本人8頁),友人に何両目か を聞いたとしても乗車位置や降車位置は特定できないのであるから,これを聞 かなかったことが過失になることはあり得ない。  3 天王寺駅構造の把握について    被告は,原告が利用時に点字構内案内(乙44)によって天王寺駅構造を把 握していなかったことをもって,原告に落ち度があったと主張するが(被告準 備書面(六)・6頁,被告準備書面(10)・24頁),原告が駅ホームの構造を 確認していなかったことを落ち度と評価することが許されないことは,すでに 反論したとおりである(原告準備書面(第七回)・5,6頁)。    被告は,原告が天王寺駅の構造を全体的に把握して,自在に乗降位置をその 都度変える能力を取得していなかったとして,原告を非難するが(被告準備書 面(10)・21頁),単独歩行の際にかかる能力まで要求するのであれば,視 覚障害者が単独歩行をすることはあらゆる場所において全く不可能となるであ ろう。    また,当然ながら,視覚障害者であれ,晴眼者であれ,多数の駅の構造を全 て頭に入れておくことは実際には不可能なことである(村上証言25,26頁)。    もっとも,原告は,ホーム終端部の点字ブロック敷設状況や転落防止柵の設 置状況については理解していなかったが,歩行指導においてもかかる箇所の訓 練を受けないことがほとんどであり,むしろ原告は,本件天王寺駅については 他の駅よりも全体構造を把握していたのである(原告本人調書7頁)。  4 原告の白杖の使い方について    原告は,大阪市営地下鉄のホーム上を歩行する際,白杖をスライド方式では なく,タッチ方式で使用していた。 これは,大阪市営地下鉄のホームには床面に格子状の模様が入った駅があり, 格子模様の溝に白杖が引っ掛かって白杖が曲がったり,手元から飛ばされたり したことがあるという経験,およびタッチ方式で音をたてることで,ホーム上 の他の乗降客に気づいてもらえて,安全に歩行できるという経験から,原告が 意識的に使用していた方式である。    そして,原告はこれまで歩行指導員からタッチ方式をスライド方式に改める よう指導されたことはなく,スムーズに安心して歩ける方式であればどちらで もよいとの趣旨の指導をされている(原告本人3,4頁)。    原告は床面のつるつるした東京の地下鉄駅ではスライド方式を使っていたの であり,また大阪市営地下鉄でも乗車時にはホームの角を確認するためにスラ イド方式を用いて安全に注意しており(原告本人3,4頁),そうであれば,原 告がタッチ方式で白杖を使用していたことが不適切であったとは言えず,むし ろ経験に基づき,状況に応じた適切な使用方法をしていたと言える。    村上証人によれば,歩行訓練においては,ホーム上ではスライド方式を使う ように指導するのが一般的であるとされるが(村上琢磨証言41頁),これは絶 対的なものではなく,各人の歩行スタイルを尊重することが基本である(村上 琢磨証言23,24頁)。また,スライド方式の有効性は,主に段差(ドロップ ポイント)を見つけることにあり(村上証言41頁),これについては,前述の とおり原告も乗車時にはスライド方式を使用していたのであり,このことから も原告の白杖の使用方法には何ら問題はなかったといえる。  5 原告のホーム縁端警告ブロックの触知方法について    原告は,本件ホームに降り立った後,ホーム縁端警告ブロックを越えてホー ム中央部の安全な部分に入ったことを確認して,右側に方向転換し,B階段の 1段目のステップを目指して前進した。    その際,自分の右側にホーム縁端警告ブロックの存在を意識していたものの, 常にこれに白杖を沿わせて触知しながら歩行していたわけではなく,むしろ意 識的にホーム縁端警告ブロックより内側を歩行していた(原告本人13〜15 頁,29〜32頁)。    点字ブロックに全面的に依存せずに歩行するか否かは,主に各人の歩行能力 の差によるが(村上証言18,19頁),原告が上述のように点字ブロックに全 面的に依存することなく,またホーム上の他の乗降客に注意しながらホーム縁 端警告ブロックの内側を歩いていたのは,原告の歩行能力やそれまでの単独歩 行経験からすれば極めて当然のことであり,何ら非難されることではない。    この点に関して,被告は,視覚障害者が点字ブロックに全面的に依存して, 常に点字ブロックを触知しながら歩行することを前提に,ホーム縁端警告ブ   ロックがなくなった後もそもまま進行したことが原告の過失である旨繰り返し 主張するが(被告準備書面(五)・7頁以下,被告準備書面(10)・14,1 5,25頁),この主張が視覚障害者の歩行特性を無視した的外れな主張である ことは,原告においてすでに詳細に反論したとおりである(原告の準備書面(第 六回)・3〜12頁)。    なお,被告は,「原告が・・・本人尋問において縁端警告ブロックを当初から念 頭に置かずに歩行していたことを認めている」と主張するが(被告準備書面(1 0)・15頁),原告はそのような供述をした事実はない。    また,被告は,原告がそれまで天王寺駅ホームに降りた後,点字ブロックに 沿って歩くのではなく,B階段に向かう人の流れにできるだけ逆らわないよう にしていたことをもって,「触覚,白杖による環境認知の軽視」であるとして, 原告の環境認知が不十分であったと主張するが(被告準備書面(10)・24頁), 多数の人の流れを無視し,点字ブロックに依存して歩行することの危険性,困 難性は容易に想像できることであり,原告にかかる歩行方法を強いることはあ まりにも現実性を欠いている。  6 ホーム縁端警告ブロックの屈曲部分を通過したことについて    原告は,結果的にホーム縁端警告ブロックの屈曲部分を通過して進行したこ とになるが,具体的にどのような態様で通過したのかについては不明であるも のの,警告ブロックの大きさが大人の歩幅からすると容易にまたぎ越せること からすると,またぎ越した可能性が高い(完全にまたぎ越したのではなくても, 警告ブロックにつま先や踵だけがかかった場合は警告ブロックを検出すること はできない。村上証言49頁)と考えられる。    本件ホームの警告ブロックの屈曲部分は,一重のブロックしか敷設されてい なかったこと,村上証人が実施した実験でもすべての視覚障害者がブロックを 足の裏で触知して停止するにはブロック5枚分(150cm)が必要であった ことに照らしても,原告には屈曲部分を通過したことに落ち度は認められない。  7 壁を階段裏か柱と認識した点について    その後,白杖がホーム終端の壁にあたったが,原告はこれをいずれかの階段 の裏の壁か,もしくはホーム上の柱だと認識した。    天王寺駅のホーム終端の壁と階段下のタイル状の部分は材質,構造が同じで, 視覚障害者が白杖や手足で触知した場合に,階段下と同じものと認識しやすい ことは,麦倉証人の証言によっても明らかであり(麦倉証言44,45頁),他 にホーム終端部であることを示すような標識が存在しない以上,原告が自らの 位置情報を修正する契機をもたないまま,ホーム終端であることを認識しなか ったことに何ら過失はない。  8 壁を右側に回り込もうとした行動について  (1)原告は,この壁が階段の裏の壁であれば,それを迂回してその階段を使っ て上に出ようと考え,壁を白杖で確認しながら,できるだけ壁から離れないよ うにしながら右側へ回り込もうとした。    原告のかかる行動は,天王寺駅の階段横の通路は狭いからできるだけ壁に沿 うようなかたちで動くようにという歩行指導に忠実に従ったものである。    そして,原告は壁を確実な安全情報源としながら,階段横の通路が比較的狭 いことを了知したうえ,ホームから転落しないように注意して歩行していたが, 実際にはホーム縁端警告ブロックがなかったために,線路側へ接近しすぎてし まい,走行する列車に白杖が接触してしまったのである。  (2)この点,被告は,原告が壁にあたってからは,警告ブロックのことを重視 しなかったことをもって,「触知し得なくなった警告ブロックをさがすつもり は毛頭なかったことを認めている」と主張するが(被告準備書面(10)・25 頁),これは被告の曲解であり,原告はそのようなことを認めたことは一切ない。    前述のとおり,この時の原告にとって最大の情報源は壁であり,原告は壁を 確実な安全情報源としながら,一方ではホーム縁端ブロックが自分の右側に続 いていると思っていた。そして,走行中の列車に白杖を向けるという危険をお かしてまでホーム縁端警告ブロックを積極的に探す必要はなかったものの,こ れを触知できればさらに自分の安全な位置が確認できるという意識で壁に沿っ て歩いたのである。    被告が上述のような曲解をするのは,原告にとって壁がいかに確実で重要な 情報源であったかがわかっていないからであり,はからずも視覚障害者の歩行 特性についての無理解を露呈したものと言わざるを得ない。    なお,被告準備書面(10)・25頁の@は,原告が壁にあたる手前の状況に ついての項目であり,一方,そこで被告が引用している原告本人34頁の「警 告ブロックのことは重視しておらず」という箇所は原告が壁にあたった後のこ とであり,被告はこれらを混同している可能性がある。  (3)被告は,原告に対して「壁の更に線路寄り,これは杖で確認されなかった んですか。」「杖でもう少し右側を追うて行けば,縁端警告ブロックがないこと, 或いはホームがそこで縁端があって下に落ちていることを,もう少し右を杖で 触知していればわかったんじゃないですか。」と尋問しており(原告本人33頁), 準備書面(10)・25頁においても「・・・壁の横に本来あるべきホーム縁端警 告ブロックの探索,ホーム縁端との距離の調査等をして安全を確認した後,身 体を列車方向によせて右側からの回り込み行動に出るべきところ・・・」として, まるで原告が認識したとおり,現実にも階段裏の壁にあたってこれを右側に回 り込もうとしていたことを前提とするかのような主張をしている。    しかしながら,現実には原告はホーム終端部の壁にあたって,これを右側へ 回り込もうとしたところ,壁の端とホームの端までが約40cm(身体の幅よ り狭い)しかなかったため(甲1〜3参照),あっと思うまもなく走行する列車 に白杖が接触したのである。    つまり,被告はまるで原告が「壁の更に線路寄り・・・(を)杖で確認」したり, 「杖でもう少し右側を追うて行」ったり,あるいは「壁の横に本来あるべきホ ームの縁端警告ブロックの探索」をしていればよかったのに,原告がかかる行 動をとらなかったがために本件事故が起こったような主張をしているが,原告 がかかる行動をとっていれば,現実と同じく事故が起こったことは明らかであ る。    被告の主張は,前提となる事実関係を誤認しているとしか考えられない。  (4)被告はまた,原告が壁面に至った段階で停止していれば,本件事故は発生 していないと主張する(被告準備書面(10)・26頁)。    しかし,原告は壁をいずれかの階段か柱と考え,階段であればこれを上がっ て改札へ出ようと思って行動したのであり,原告がここで停止すべき契機は全 くない。    したがって,原告が壁にあたったからといって,停止すべき義務などないの である。  (5)以上のとおり,原告が前述のように壁を右側に回り込んだ行動については, 何ら過失はない。これについては,原告準備書面(第六回)・9〜12頁でもす でに主張したとおりである。  8 その他の環境認知    原告は,ホームを歩行中,逆行する乗降客の流れは認識していたものの,こ れらは西改札の方に歩いていく人の流れだと思っていた。また,人気のないホ ーム終端部の壁付近まで来たときも,普段使っている東改札は西改札に比べて 非常に人が少ないことから,人気がなくても不自然だとは思わなかった。    したがって,原告の中では自分の認識と周囲から得た情報は完全に整合性が とれており,なんらこれを修正するきっかけはなかったのであるから,自分が ホーム終端部に向かって進行していることを知ることはできなかったのである。    また,電車が動いている音には気づいていたが,風圧は感じておらず,電車 が自分の直近に存在することは認識できなかった(原告本人調書14,15, 34〜36頁)。実際,地下鉄ホームで先頭車両が通り過ぎるぐらいでは風圧は わからないはずであり,また音の反響が大きい地下鉄ホームでは,視覚障害者 特有のエコー定位による環境把握も極めて困難である(村上証言34〜36頁)。    これらの点について,被告は,音や人の流れ,電車の風圧などから走行する 電車が直近に存在することを認識すべきであったのにこれに気づかなかった原 告に過失があると主張するが,これは晴眼者を基準とした判断に他ならない。    もし,原告が周囲の情報から自分の客観的状況を知り得ていたならば,あえ て生命の危険を冒して走行中の電車に近寄ったりするはずがないのである。原 告が本件事故にあったこと自体が,原告が直近の電車の存在を認識できなかっ たことを裏付けるといえよう。  9 まとめ    以上のとおり,原告は何の問題もなく歩行していたのであり,過失はない。    その意味で,これは,ふつうに歩行している視覚障害者なら誰にでも起こり うる事故である。    ところで,ホーム終端部に防護柵ないし立入禁止柵が設置してあればもちろ んのこと,柵が設置されていなくても,現在のようにホーム縁端警告ブロック が終端部の壁まで延長されていれば,原告が壁を右側に回り込もうとした際に, 途中で縁端警告ブロックを触知して自分がホームの端にいることに気づき,本 件事故は発生しなかったと考えられる。    これは,ホーム終端警告ブロックが壁まで延びていない状況(甲1〜3)と 延びている状況(乙41の1,2)を比較すれば一目瞭然である。    原告は,壁を確実な情報源として,これに白杖を沿わせて確認しながら右側 へ回り込もうとしたのであるから,壁に接着した部分の点字ブロックを白杖で 触知するか,または足裏で点字ブロックを踏んでホーム縁端警告ブロックの存 在を認識した可能性は極めて高いと言えるのである。 第8 損 害 1 傷害 (1)入通院の経過と原告の苦痛   原告は,本件事故発生直後,大阪府立病院救急救命センターに運ばれたが, 母親が原告の顔を見ることが出来たのは事故の翌日である平成7年10月22 日になってからであった。そのときの原告の様子は,かろうじて一命を取り留 めたものの,左腕はギプスで固定され,左膝には金具が打ち込まれた状態で  ロープに引っ張られ,おもりをつるされていた。頭部には白布で覆われていた が,医師の説明によれば,頭部の挫傷は深さ5cmに達し,頭蓋骨が外から見 える状態であったという(甲38・3頁)。   頭部挫傷は33針もの縫合と大量の輸血を要したが,一旦縫合した後も,容 態は安定せず,同月23日には頭部からの出血がり,また呼吸困難と意識障害 に陥り,肺水腫さらに脂肪塞栓症になった。縫合後しばらくは意識のないまま 酸素吸入が続けられた(甲38・4頁)。   同月28日,2日後の30日に骨接合術を行うことが決まるが,この時点で もずっと発熱が続いていた(前同)。   同月30日,骨接合術が約7時間半にわたって行われたが,原告の左腕の筋 肉はねじれた状態で,後遺障害が残るおそれが高い状態であった。術後,原告 は激しい痛みを訴えていた。このときも大量の輸血が行われた(甲38・6頁)。   接合術の後,原告は病床で左手のリハビリをはじめたが,その後も出血や発 熱が続き,左大腿部や左上腕部の激しい痛みに「クソー,クソー」と叫びなが らひたすら耐えることもあった(甲38・7頁)。   同年11月17日,左上腕部の再手術が行われたが,その前後も発熱は収ま らず(前同),下がったのは同月22日になってからであり,救急病棟から普通 病棟に移ったのは同年12月に入ってからであった(甲38・8頁)。   その後,平成8年5月31日,原告は車椅子が必要な状態で退院したが,退 院後も通院を続け,リハビリに積極的に取り組んでいた。そして平成9年2月 14日,左足のプレート除去手術を受けるが,骨幹部の再生不良のため,同月 25日再骨折が確認された(甲38・12頁)。それまで積極的にリハビリに取 り組んできた原告にとって,更なる手術とリハビリのやり直しという事態に直 面した精神的苦痛は計り知れなかった(原告本人18〜19頁)。   その後,原告は同年6月15日に退院し,引き続きリハビリに取り組むこと になった。 (2)本事故による傷害のまとめ    結局,本件事故により原告の受けた傷害の程度は,5箇所の頭部挫傷(33 針縫合),左上腕骨骨幹部及び左大腿骨骨幹部骨折という重篤なものであった。 骨折も骨幹部が破砕するという重度の骨折であった(原告本人17頁)。そのた め,計5回もの手術を要し,入通院期間が極めて長期に及んだ(平成7年10 月21日〜平成8年5月31日,平成9年2月10日〜同年6月15日,計約 11ヵ月半)。手術のたびに激痛や高熱などの肉体的苦痛も伴い(原告本人20 頁),この間の原告の被った精神的損害は甚大であった。    また,原告は,度重なる手術の結果,左上腕部及び左大腿部にプレートと釘 が埋め込まれたままとなり(原告本人19頁),将来にわたってMRI検査など が受けられなくなった(甲39・7頁)。このプレートはチタン製で,体内に埋 め込まれることによって将来発癌のおそれもあるものである(甲38・12頁)。    さらに,原告は,当時大学生であったが,長期にわたる入通院と度重なる手 術のため,留年を余儀なくされ,一時は大学での勉強をあきらめかけた(原告 本人19頁)。特に将来に対する不安は大きく,他の患者が先に歩行を始めたり 退院したりするのを見て強い焦りを覚えたり(乙49・324頁「先越されちゃ いました」「焦りのある様子」,同352頁「自分より後から入院してくる患者が 次々に退院・歩行開始になることに焦りのある様子」),職業選択の幅が狭くな ること恐れたりしている(乙49・339頁「このままでは一般企業は受け入れ てくれない・・・。もう病気は目だけで勘弁ですよ」)。このような不安感がもたら した精神的損害は,将来ある若者にとってあまりに重大である。  (3)被告の主張(因果関係及び寄与度減額)について    被告は,原告の左大腿部の再骨折は本件事故との相当因果関係がないと主張 するが,再骨折が医療過誤に基づくものであることを示す具体的な証拠は何一 つない。さらに被告は,相当因果関係があるとしても,寄与度減額がなされる べきとも主張するが,減額の根拠となりうるような素因が原告にあることを示 す証拠もまた存在しない。被告の主張は,何らの根拠に基づかない主張に過ぎ ず,再骨折後も含め,全て相当因果関係の範囲内の損害であり,かつ寄与度減 額もなされるべきではない。 2 後遺障害 (1)後遺障害の内容及び程度    原告は長期間にわたる手術と入通院の後,懸命にリハビリに努め(甲39・ 6頁),一部の機能回復は見たものの,本件事故により左手指の固定,左手足の 神経症状(知覚低下),左膝と左股関節の可動域制限,左上下肢の筋力低下,左 上腕部及び左大腿部の醜状痕(甲47I〜L)等の後遺障害が残った。    左足の拘縮のため,原告は走ることができなくなった(甲39・6頁)。また まっすぐ歩行することが困難になり,より偏軌傾向の影響を受けやすくなった (前同)。左手指の固定のため,点字の判読やタイプライターによる筆写が極め て困難になった(原告本人21頁,甲39・7頁)。    左手足の神経症状については,点字は一般に左手で読むものであるし,また 原告はもともと左利きであったから,左手の神経症状がもたらす不都合は計り 知れず,前記左手指の固定と相まって,読み書きの能力が大幅に制限されると いう不都合をもたらしている(前同)。    左膝と左股関節の可動域制限については,カルテ上の検査結果の記載は自動 式か他動式か明らかでないが,原告は明確に他動によっても一定程度以上動か せないと訴えており(原告本人21頁),それは正座が出来ない,あるいは胡座 がかけない,十分腰を落としてしゃがむことができないという形で具体的な不 都合として表れている(甲39号証6〜7頁)。したがってそれは,単なる神経症 状に基づくものではなく,明らかに可動域の制限がある。    左上下肢の筋力低下については,被告は筋力検査の結果がほぼ「4」であっ て正常値であると主張するが,甲23では,検査結果の数値が「4」であるこ とを前提にして,なお「筋力低下(がある)」と明記されているのである。した がって,カルテ上の検査結果の記載と甲23号証は何ら矛盾するものではなく, 左上下肢の筋力低下が認められる。    以上より,原告の後遺障害は,左上肢と下肢の機能障害がそれぞれ10級に 該当するので,併合して9級となる(甲45のとおり,大学生協の共済金の認 定においても9級と認定されている)。    また,原告の心の中には,本件事故の恐怖感が未だに残っており(甲39・ 7〜8頁),上記後遺障害等級の併合算定には加えてはいないが,トラウマとも 言うべき精神上の影響も無視できない。  (2)症状固定日について    原告の症状固定日は,平成10年3月3日であることは診断書(甲23)に 明確に記載されている。被告は平成8年12月11日に固定したと主張するが, これは上肢のみの診断であって,下肢については含まれていない(甲45)。下 肢については,その後平成9年2月1日に抜釘手術が行われている(乙50・ 2頁)。実際にも,その後同年2月25日に再骨折が確認され(乙50・2,1 5頁),再手術を経ているのであるから,平成8年12月11日が症状固定日と いえないことは明らかである。    また,被告は,カルテの記載を根拠に再骨折後の症状固定は平成9年12月 16日であるとも主張しているが,当該カルテの記載はその趣旨が不明であり, より明瞭な診断書の記載によるべきである。 被告は甲23号証につき,「(原告は)書きなおしてもらった診断書を提出し ている」と述べ(被告準備書面(8)9頁),あたかも原告が故意に症状固定日を 遅らせたかのような主張をしているが,そもそもそのようなことはできようは ずがないし,また乙51(共済からの照会に対する医師の回答書)112頁で は「(後遺障害については)再固定術(H9.3.5)より1年後に判断すべき」と明 記してあり,甲23の「平成10年3月3日症状固定」の記載は前記カルテの 記載とも符合する。したがって,平成10年3月3日の日付が意図的に遅らせ たものではないことは明白である。  (3)逸失利益の算定について    上記のような後遺障害によって,原告が9級相当の労働能力を喪失したこと は明らかである。この点の判断に当たって,原告が視覚障害者であることを もって,例えば視覚障害者にはもともと一定の職種の制限がある以上労働能力 の喪失はないといった判断をすることは許されない。原告は語学が得意で神戸 市外国語大学,さらに同大学院に進学しており,将来の職業として学校の先生 も1つの候補として考えており(原告本人42〜43頁),多くの可能性を秘め た若者であることは晴眼者と何ら異ならない。                                 以 上 1