平成11年(ワ)第3638号 損害賠償請求事件 原告 佐木理人 被告 大阪市 準備書面(10) 平成13年7月23日 大阪地方裁判所第17民事部イ係 御中 被告訴訟代理人 弁護士 飯田俊二 同 川口俊之 第1 背景事情 1 大阪近郊の旅客交通実態と大都市近郊鉄道の役割 大都市は、一般に人口の都市集中、ドーナツ化現象により、その周辺部に多くの人口をかかえるようになっている。 この人々が通勤・通学等により、市内と市外に短時間に大量に移動する。主な移動手段としては、鉄道と自動車が存するが、道路整備の不十分や駐車場の不足、環境汚染等により自動車輸送には限度があり、鉄道に大量・高速・定時旅客輸送の任が課せられている。 旅客は、急激に増えるところ、鉄道のプラットホームを含む鉄道設備は、建築費確保の困難や土地利用権取得の困難等により、旅客の増加に直ちに対応できないのである。 従来の施設を可能な範囲で最大限改良して利用しながら、増便・増輌等の各種の工夫を加えて、旅客増に対応してきているのである。 自動車台数の顕著な増加に関わらず、道路面積の増加はほとんどなく道路整備が進んでおらず、自動車による旅客輸送には限度があることが判明する。 (乙第2号証 大阪市交通事業の概要) 2 大阪市営地下鉄の旅客交通実態と役割 大阪市内交通期間輸送人員の一般的増加、特に地下鉄による輸送人員の増加は著しく、平成7年では、大阪市内交通機関輸送人員の約3割を地下鉄が担っている。 (乙第2号証 大阪市交通事業の概要) 3 大阪市営地下鉄御堂筋線の列車の運行状況 ラッシュ時の御堂筋線では、2分間隔で列車を運行している。 一つの列車の発着の遅れが、たちまち他の列車の発着の遅れにつながるのである。 (乙第3号証 地下鉄各号線の時間帯別列車数) (乙第4号証 地下鉄各号線の時間帯別列車数) (乙第5号証 地下鉄主要駅の時間帯別列車数) (乙第6号証 地下鉄主要駅の時間帯別列車数) 4 大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺駅の乗降客数 御堂筋線天王寺駅の1日あたりの乗降客数は、204,050人であるから、旅客のスムーズな列車への乗降が行われないと、旅客がたちまちホームにあふれる事態となることは容易に推測できる。 特にラッシュ時においては、その状態はひどくなることもまた容易に推測できる。 (乙第7号証 平成8年2月15日交通調査乗降客数) 5 地下鉄プラットホームの拡張の困難 旅客の増加に対し、増便・増輌により対処することは右のとおり一定可能であるが、プラットホームの拡張等は、土地利用権取得の制限、予算面等により著しく困難である。 被告平成11年11月22日付準備書面(二)記載のとおり。 (乙第13号証 地下鉄改造工事費の算出) 6 列車の特性と旅客の安全かつ円滑な乗降の確保 (1)鉄道の特性として、列車は必ずしも停止位置に停止できず、停止位置をオーバーすることがある。 被告平成11年11月22日付準備書面(二)記載のとおり (乙第8号証 制御装置等の説明) (乙第9号証 過送余裕距離の必要性) (乙第10、12号証) (乙第53号証 石川雅史の陳述書) (2)運転士に厳しい訓練をしても、過送が生じる。 運転士の技能試験基準について (乙第36号証) 過送が生じる実態 (乙第22号証の1から4)(乙第53号証) 反面、停止位置の手前で止まってしまうことは少ない。 仮に手前で停止しても、比較的容易に前進して停止位置に再停止することができる。 (3)過送後の処置 列車が停止線をオーバーして停止すると、ホームで本来列車の扉のしるしのところで待っていた旅客が列を乱して、止まった列車の扉のところへ殺到してしまうのである。 そのような姿はよく見かけるところであるが、そのような状況下では、安全対策を講じた上でないと本来の停止位置まで列車をバックさせることはできないのである。 列車をバックさせるには、列車司令に従いホームの旅客に駅構内放送等をして列車から離れるように指示し、かつ旅客が離れたことを確認後所定位置にバックして扉を開けて旅客の乗降を行うこととなる。 (乙第53号証6頁) (乙第54号証5頁) その間3分程度かかるのである。 (証人田宮の証言7頁) 前記のとおりラッシュ時には乗降客が多く、かつ2分間隔の過密ダイヤで運行しているので右のような事態が生じ列車の発着が遅れるとたちまちホームに旅客があふれる等の危険が生じる。 (乙第3,4号証地下鉄各号線の時間帯別列車数) そのため、列車が停止線を幾分オーバーしても列車をバックさせることなく、旅客の乗降ができる配慮をせざるを得ないのである。 (乙第53,54号証) 7 高齢者・障害者に対する地下鉄利用への配慮 (1)大阪市営地下鉄では、エレベーターやエスカレーターの設置、階段手すりの連続化、点字警告タイル、点字誘導タイルの設置、触知図や点字料金表、車椅子利用の方も利用可能な洋式便器等を備えたトイレ等の設置に努めるとともに、駅員において介護者の付添のない高齢者や障害者に改札口で声をかけ、行き先の案内や列車乗降の介助を行っている。 (2)大阪市営地下鉄の視覚障害者への配慮(ハード面とソフト面) @ すべての駅に点字警告タイルと点字誘導タイルを設置している。 A 触知図や点字料金表の設置している。 B列車がホームに接近してきたときには、自動的に列車の接近を知らせる警告放送が流れる。 C改札係員は、介助者のいない視覚障害者を改札口付近で見かけた場合には、地下鉄職員である旨を伝えて、視覚障害者の意向を確認して依頼を受けた場合は、ホームまで案内して列車に乗車されるまで見届け、降車駅に乗車された列車の到着予定時刻及び乗車位置等を連絡する。降車駅の駅員は、降車駅でその列車の乗車された扉のくる位置で待ち受け、降車を手助けし、改札口まで案内する。 右のように大阪市営地下鉄では、ハード面(@、A、B)、ソフト面(C)において、視覚障害者の安全な利用と便利を計っている。 第2 本件ホームの設置・管理の瑕疵はなかった。 1 原告の転落した地下鉄御堂筋線天王寺駅下りホーム(以下「本件ホーム」という)東端に転落防止柵が設置されていなかったことは、ホームの瑕疵ではない。 (1) ガイドライン @「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のための施設設備ガイドライン」の法的性質。 右ガイドラインは、現在及び将来の施設整備の一応の指針を定めたものであり、法律上の拘束力を有するものではない。 また、既存設備を右ガイドラインの記載どおりに、直ちに作り直す義務を課すものでもない。 Aガイドライン記載の不適合と義務違反等の有無 右ガイドラインは、交通施設整備の一応の指針を定めたものであり、各鉄道事業者において、駅舎の形状(地上駅か地下駅か)、ホームの形状(島式か相対式か)、ホームの長さ、ホーム上の柱や階段の位置、ホーム終端の乗降設備の有無、編成車輌数、時間帯別編成車輌数、乗降客数等により、技術的標準を変更することを容認している。 それは、字句上も「標準」と記載されたり「望ましい」と記載されていることから窺われる。 したがって、右ガイドライン記載の技術標準に厳格に適合しないからといって、直ちに「ホームに瑕疵があること」にはならないのである。 (2) 他の鉄道事業者の転落防止柵設置基準 平成6年改正前の普通鉄道構造規則第33条(プラットホーム)6項に「プラットホームの有効長は、当該プラットホームに発着する最長の列車の長さに5メートルを加えた長さ以上としなければならない。ただし、地形状等のためやむを得ない場合であって旅客の安全かつ円滑な乗降に支障を及ぼすおそれのないときには、この限りでない」と定められ、鉄道事業者は、これに法的に拘束され、軌道事業者も右規則を参考にして、それぞれの駅、それぞれのホームにつき合理的判断をして、プラットホームの有効長を設定していた。 平成6年に右規定が「プラットホームの有効長は、当該プラットホームに発着する列車の最も前方にある旅客車から最も後方にある旅客車までの長さのうち、最長のものの長さ以上であって、かつ旅客の安全及び円滑な乗降に支障を及ぼすおそれのないものでなければならない」と変更された。 右規定の変更により、鉄道事業者はそれぞれの各駅の特性、ホームの形状、編成車輌数とその時間的変化、乗客数、乗降客の移動方向等を考慮して合理的判断でプラットホームの有効長を設定することとなった。 プラットホームの有効長の設定は、転落防止柵の設定の基準でもある。鉄道事業者では、最新の注意を払っても、人間の能力や限界やシステム上生じる瞬時の失効から、列車は必ずしも停車位置に停止できずに停止位置をオーバーする事態が生じることから、そのようなときには列車をバックさせることなく、旅客の安全かつ円滑な乗降を図り、ひいては列車の定時運行を確保することも考慮して、それぞれ転落防止柵の設置をしている。 各鉄道事業者は、それぞれの考慮のもとに、設備を設けている。 (乙第28から34号証) (3) 大阪市営地下鉄の転落防止柵設置基準 @ 平成7年9月以前の設置基準 軌道事業者である大阪市営地下鉄では、右鉄道事業者と同様、各駅の特性、ホームの形状、編成車輌数とその時間的変化、乗客数、乗降客の移動の方向、列車の制動特性等を考慮して、原則として停止線前約5メートル、停止車輌後部約5メートルには転落防止柵を設置しないこととしていた。 A平成7年9月に設置基準を変更し、本件事故当時(平成7年10月21日)には、原則として前方停止線より約5メートル、後方は車輌後部停止線より約1メートルには、転落防止柵を設けず、その範囲内では停止車輌をバックさせることなく旅客の乗降ができるようにしていたのである。 なお、ホーム終端部や停止線付近に旅客の乗降口・改札口、乗降階段・エスカレーター・エレベーター等の乗降設備等があり、ラッシュ時に旅客がホームにあふれて押され線路に転落する高度の危険性のあるところでは(例えば、御堂筋線天王寺駅2,3番線西端)、旅客の安全かつ円滑な乗降を確保するため、列車停止線から約5メートルの間隔を置かずに転落防止柵を設けている。 右のような考慮にもとづく本件プラットホームの有効長の設定(転落防止柵の設置の基準)は、ガイドラインの趣旨に反しないものと思われる。 B基準の変更にあたっての身体障害者団体との協議 基準を変更するに当っては、大阪市視覚障害者福祉協会と協議している。 (証人田宮の証言 40頁) (4) 本件ホームに転落防止柵が設置されていない理由 本件ホームの終端や停止線付近には、旅客の乗降口・改札口・乗降階段・エレベーター・エスカレーター等の乗降設備もなく、ラッシュ時に旅客がホームにあふれて押され線路に転落する高度の危険がないのであるから、列車停止位置から約5メートルの間隔があるも転落防止柵を設置していない。 (5) 転落防止柵設置基準が守られていないとの批判について 原告は、大阪市営地下鉄の「原則として停止線前約5メートルの間隔には狭義の転落防止柵を設置しないとの基準」が守られていないと非難する。 しかし、その非難のもとになった原告の調査の際の列車停止位置の方が誤っている等測定方法に一部誤りがあったり、付近に改札口や乗降階段がある等基準の例外事由が存することを考慮していない。 (乙第27号証大阪市営地下鉄各駅各ホームの転落防止柵設置状況等) これらを考慮すると、転落防止柵の設置状況はほぼ前記設置基準に一致する。 なお、堺筋線の駅については、編成車輌数の増加により、右基準に一致しないホームが一つ存するだけである(右同号証)。 したがって、大阪市営地下鉄の転落防止柵の設置状況が著しく不一致であって、その合理性が疑わしいという原告の非難は当たらない。 (6)視覚障害者団体から本件事故前に本件ホーム東端に転落防止柵設置の要請はなかった。 本件事故後には本件ホームの東端に転落防止柵設置をしてもらいたい旨の要請はあったが、前記基準を説明してお断りしている。 被告の記録では、平成6年12月に初めて視覚障害者の団体から口頭にて、一般的な柵の設置の要請を受けたことがあるが、前記基準と理由を説明してそれなりに納得いただいている。 したがって、具体的に本件ホーム東端部に転落防止柵の設置要請を受けていながら、放置していたという事実はない。 (7)(1)から(6)までの事実から、本件ホーム東端に転落防止柵がなかったことは、ホームの瑕疵にはならない。 なお、大阪市営地下鉄のうちでも、旅客数の増加にホームの延長等の工事が間に合わず、急拠、増輌で対処したため、増輌した車輌の関係で已むを得ず停止線前方約5メートル以内に転落防止柵があるところもある。 2 本件ホーム東端に立入禁止柵がなかったことは、ホームの瑕疵ではない (1)本件ホーム終端に立入禁止柵を設置していない理由 本件ホーム終端部は壁になっており、さらに壁から6センチメートルの立入禁止札が設置されているので、ホーム縁端との空間は34〜40センチメートルである。 このような箇所にまで通常乗降客が立ち入ることはないので、立入禁止柵を設置していない。 仮に視覚障害者が誤って右箇所に至っても、杖又は手足や身体を壁に当てたりして、杖で周囲を触ればホーム縁端や終端を知覚して停止できるからである。 他に電車の音、構内放送、進行列車の風圧により、危険を知覚することも可能である。 (2)また、普通鉄道構造規則は、建築限界を20センチメートルから40センチメートルとしていることも参考となる。 (乙第56号証の1) (3) 転落防止柵設置基準の変更に伴う立入禁止柵設置基準の変更 平成7年6月24日谷町線天王寺駅下りホーム北端で発生した転落事故を契機として、前記のとおり列車の後部停止位置より1メートル以上ホーム終端部がある時には転落防止柵を設置する旨基準を変更した。 その際後部停止位置から1メートル空間を空けて、そこから2メートル転落防止柵を設けてそれに直角に立ち入り禁止柵を設けるようにしたものである。 もし2メートルとれないときにはとれるだけの長さの転落防止柵を設置しそれに直角に立ち入り禁止柵を設けるのである。 (4) 新基準に基づく転落防止柵と立ち入り禁止柵の設置 新基準に基づき転落事故のあった谷町線天王寺駅下りホーム北端に転落防止柵と立ち入り禁止柵を設置した。 (乙第41号証の3,4) この場合も前記建築限界を考慮して、柵はホーム縁端から40センチメートル離して設置している。 (同) (5) 基準見直しの契機となった事故(平成7年6月24日谷町線天王寺駅下りホーム北端で発生)の被害者は、目と耳の不自由な男性であったが、最初からホーム縁端警告ブロックを無視して警告ブロックと線路側のホーム縁端との間を警告ブロックを確認しないで歩行していて、警告ブロックが線路と反対側に曲がっている箇所もそのまま通り過ぎ転落したものと考えられているのである。 (6) 基準の変更にあたって、大阪市視覚障害者福祉協議会と協議している。 3 本件ホームの縁端警告ブロックがホーム縁端から約72センチメートル位置に敷設していることは、ホームの瑕疵にはならない。 (1) ガイドラインの技術的標準 視覚障害者のホーム縁端からの転落又は列車との接触事故の発生を防止するため、ホームの縁端は警告ブロックを設置して危険を防止し(同53頁)、プラットホームの縁端部の危険表示として、警告ブロックを縁端から80センチメートル以上の位置に幅30〜40センチメートルで連続して設置することが望ましい(同65頁)と記載されている。 (甲第12号証) 「望ましい」と規定されており、基準に厳格に適合しないからといって直ちに「瑕疵がある」ことにはならない。 また、既存設備を直ちにそれに適合するように、直さないと義務違反になることもない。 (2) 本件ホームの縁端と縁端警告ブロックの間隔 本件ホームの縁端と縁端警告ブロックの間隔は、約72センチメートルである。 80センチメートルの間隔を置かずに、72センチメートルの間隔をおいて縁端警告ブロックを設置した理由は、大阪市営地下鉄では縁端警告ブロックを直線に連続して設置し視覚障害者が触知し易くするとともに、且つ触知して歩行中ホーム上に存する柱等に衝突することがないようにしているからである。 少し詳しく説明すると、本件ホーム中央部には昇降階段があり、その階段部で最もホーム幅が狭くなっており、階段の柱とホーム縁端の距離は約150センチメートルである。 もし、ホーム縁端から80センチメートルのところに30センチメートルの縁端警告ブロックを設置すると、縁端警告ブロックの階段側と階段柱との距離が40センチメートルとなり、縁端警告ブロックの階段側を杖又は足で同ブロックを覚知して歩行している視覚障害者が、階段の柱に衝突してしまう危険が存する。 そのため、縁端警告ブロックを8センチメートルばかりホーム縁端にずらして、一方では、縁端警告ブロックの階段側を歩行する視覚障害者が階段の柱に衝突することがないように配慮し、かつ他方では、縁端警告ブロックのホーム縁端側を歩行する視覚障害者が線路に転落したり列車に接触したりすることがないように配慮したものである。 右のような措置は、ガイドラインが一方で「誘導・警告ブロックは、駅の平面計画等を考慮した歩行しやすい設置とすることが望まれる」としている(同65頁)ことから、他方で「80センチメートル以上の位置に…設置することが望ましい」…と規定していることからも、許容しているものと考えられる。 (3) 他の鉄道では、縁端警告ブロックの設置位置をホーム縁端からどのくらいの距離にしているか、ホーム上に柱や階段等があるときに縁端警告ブロックの設置方法を変えているか等については、平成12年2月14日付準備書面(三)の第三、平成12年4月10日付準備書面(四)記載のとおりである。 帝都高速度交通営団では、ホーム縁端部から90センチメートル以上の距離を置いてホーム縁端警告ブロックを敷設することを主たる眼目とし、歩行している視覚障害者が同ブロックが途切れていることから同ブロックを触知しそこなう危険や柱に衝突する危険の回避を従たる眼目としていることが窺われる。 大阪市営地下鉄は、視覚障害者がホーム縁端警告ブロックを触知しそこなうことがないように、直線で連続を保って敷設すること、及び視覚障害者がホーム上の柱や階段に衝突することがないよう敷設することも勘案して、ホーム縁端部からの距離を置くことを幾分控えることにより、線路への転落、列車との接触の危機回避とホーム上の柱・階段への衝突の危機回避とを微妙に調節しているのである。 帝都高速度交通営団の方針も、大阪市営地下鉄の方針も、いずれもそれなりの合理性があるものと考えられる。 (4) したがって、本件ホームの縁端警告ブロックがホーム縁端から72センチメートルの所に設置されているからといって、ホームに瑕疵があることにはならない。 4 本件ホームの縁端警告ブロックがホーム東端まで敷設されておらず、途中で線路と反対側に屈曲して敷設されていたことは、ホームの瑕疵とは言えない。 (1)ガイドラインの技術的標準 ガイドラインの姿図・寸法や鉄道ターミナルモデル図によると、ホーム縁端に沿ってホームを内側に囲い込むように縁端警告ブロックが設置されている。 (甲第12号証53頁、99頁) (2)本件ホームの東終端における縁端警告ブロックの形状 本件ホーム東端部においては、縁端警告ブロックは東端まで敷設されず、途中で直角にホーム北端の壁面に延びているが、ホームを内側に囲い込むようにはなっていない。 ガイドラインの姿図や鉄道ターミナルモデル図においては、島式ホームを念頭に置き、同形状のホームではホームの両端から線路への転落の危険があるので、縁端警告ブロックでホーム内側を囲い込むようにしている。 ところが、本件ホームは相対式ホームであるため、ホーム縁端と反対側から転落する危険がないため縁端警告ブロックでホーム内側を囲い込む必要はなく、縁端警告ブロックを直角にホーム北端の壁面に延ばしたにとどめたのである。 右設置方法をもって、ガイドラインに反するものとは考えられない。 なお、縁端警告ブロックは、視覚障害者にホームの縁端が存在するという危険を警告するとともに、同ブロックを触知して歩行している限り、ホーム縁端から転落することはない旨の安全情報の発信もしているのである。 縁端警告ブロックを触知しながら、歩行していて途中で同ブロックを触知できなくなったときには、後者の情報が途絶えたのであるから、直ちにその場で停止して白状等で縁端警告ブロック又は誘導ブロックを探し、縁端傾向ブロック又は誘導ブロックを触知することができれば、それに従って進み、縁端警告ブロック等を触知することができなければその場で助力を求めて待つか、列車の進行音、構内放送、人の歩行音、列車の進行に伴う風邪の方向等で安全な進行方向を確認してから進むべきである。 (3)縁端警告ブロックが途中で触知できなければ停止するべきである。 @原告は、ホーム終端部において、ホーム縁端警告ブロックがないことは危険警告表示がないこととなるから、その部分からの転落の危険があると主張する。 その触知を続けていたホーム縁端警告ブロックが触知できなくなったことが危険の表示である。 その危険の表示がでたときには、進行を一時止めて白状や足で縁端警告ブロック又は誘導ブロックを探し、縁端警告ブロック又は誘導ブロック等を触知することができれば、それに従って進み、それらを触知できなければ、その場で助力を求めて待つか、列車の進行音、構内放送、人の歩行音、列車の進行に伴う風邪の方向等で、安全な進行方向を確認してから進むべきである。 右危険の表示と警告は、右縁端警告ブロックを触知できない限り続いているのである。 原告は、右危険の継続的警告を受けていながら、これを顧慮することなく5メートル以上進行して列車に接触しているのである。 原告に対して危険の警告は充分与えられていたのである。 A原告は、ホーム縁端警告ブロックを触知できなくなった後に、一旦止まってそれらを探すことが「視覚障害者にとって到底不可能な要求であり、机上の空論に他ならない」と主張する。 信号機の設置されている交差点において、晴眼者が、対面赤信号がでて危険警告があると停止するのと同じように、視覚障害者においてもホーム縁端警告ブロックを触知できないという危険信号がでれば停止するのが当然ではないかと思われる。 Bまた、原告は、「安全情報を探そうとしているうちに」、「停止しようとする動機付けを形成するより前の段階で転落したのである」と主張する。 しかし、原告は、継続的に危険警告が出ているにもかかわらず漫然と5メートル以上進行しているのである。 原告が安全情報を探そうとしていたとは到底思われないし、本人尋問において縁端警告ブロックを当初から念頭におかずに歩行していたことを認めている。 (4)縁端警告ブロック敷設方法の変更 被告は、平成7年9月に縁端警告ブロックを線路と反対側に屈曲させるだけでなく、それを真っ直ぐにホーム終端の壁または柵までのばすこととした。 縁端警告ブロックをとぎれさせることによる注意喚起に変えて、警告ブロックの触知を続けさせてホーム終端の壁または柵に至らせて列車との接触や線路への転落を防ぐことにしたのである。 変更前敷設基準 (乙第47号証) 変更後敷設基準 (乙第48号証) このように変えても、原告のように縁端警告ブロックを念頭におかずに歩行を続ければ効果が期待できない。 なお、変更にあたっては、大阪市視覚障害者福祉協会と協議している。 (5)本件事故前に縁端警告ブロックをホーム終端の壁又は柵に真っ直ぐ伸長する要請はなかった。 (6)他の鉄道の状況については、平成12年2月14日付準備書面(三)の第三、平成12年4月10日付準備書面記載のとおり、鉄道により、駅により区々である。 (乙第27号証から34号証) (7)(1)から(6)までの事実から、本件事故当時、本件ホームの縁端警告ブロックがホーム縁端まで延ばされていなかったことは、ホームの瑕疵ではない。 5縁端警告ブロック屈曲部内角にもう一枚警告ブロックを敷設しなかったことはホームの瑕疵ではない。 (1)ガイドラインの技術的標準 ガイドラインの技術的標準では「水平通路の誘導ブロックを連続して設置することが望ましい。また、迷いやすい曲り角や分岐では警告ブロックを設置して注意表示とする」(同65頁)、姿図・寸法では誘導ブロックが直角に分岐するときには、直角を構成する3枚のブロックを警告ブロックとし、かつブロックが30センチメートル角の場合には直角の内角部にもう一枚警告ブロックを設置するよう図示されている。 ブロックが40センチメートル角のときには、直角の内角部には警告ブロックを設置しない図示がなされている(同66頁)。 警告ブロックが直角に分岐する場合については、標準も図示もない。 また、警告ブロックが直角に誘導ブロックに分岐する場合についても、      図示の方法は一致していない(66頁)                       (同第12号証)   (2)本件ホーム終端部における縁端警告ブロックは、30センチメート      ル角であり、連続して設置されてきた同ブロックが屈曲する角の内      角部にもう一枚警告ブロックを設置していない。      ガイドラインには、誘導ブロックの分岐の場合のブロックの設置方      法については記載があるが、警告ブロックの分岐の場合のブロック      の設置方法の記載がなく、各鉄道事業者の判断にまかせている。      そもそも、ガイドライン抵触の問題も生じない。   (3)実質的観点から      縁端警告ブロックの触知は、付近にホーム縁端があるという危険信      号であるとともに、それを触知して進行している限り線路への転落      や列車の接触の危険がないという安全信号でもある。      これを触知できなければ、他の安全情報や介助が得られるまで停止      するべきなのである。      縁端警告ブロックがないことを知らせることが重要なのである。      この観点からも、直角の内角部にもう一枚警告ブロックを設置する      必要はない。   (4)他の鉄道事業者がどのように設置しているか。      平成12年2月14日付準備書面(三)の第三、平成12年4月1      0日付準備書面(四)記載のとおり、鉄道により駅により区々であ      る。                     (乙第27号証から34号証)   (5)(1)から(4)までの事実から、縁端警告ブロックの屈曲部にもう      一枚警告ブロックを敷設していないことは、ホームの瑕疵ではない。  6 本件ホームには、本件事故発生時(平成7年10月21日)には、ホー    ム縁端警告ブロック敷設要請も、転落防止柵設置要請も立入禁止柵設置    要請もなく、瑕疵もなかった。 第3 旅客運送契約上の安全配慮義務の不履行はなかった。  1 大阪市高速鉄道事業の経営内容とホームへの駅員の配置 (1) 地下鉄・ニュートラムは、都市活動や市民生活を支える基盤施設として必要不可欠なものであるが、新線の建設、エレベーター・エスカレーターの設置や駅舎の冷房化などの乗客サービス改善投資等により、平成7年から毎年200億円を超える赤字を計上し、厳しい経営状態にある。平成7年度から5ヵ年計画期間で駅業務や保安業務の効率化、機械化、委託化、乗車券の販売促進活動や新規広告媒体の開発までの増収対策、公共助成の拡充などを主要項目とする「地下鉄事業経営健全化計画」を実施した。 しかし、毎年200億円を超える赤字の大幅な改善はなかった。 そこで、平成9年の大阪市公営企業審議会答申を受け、平成10年度から13年度について新たな効率化案を策定し、実施している。            (乙第2号証 大阪市交通事業の概要) (2) 平成9年度でみると、総費用のうち41.1%が人件費である。 このような厳しい経営状況のなかで、限られた人資源をすべての駅のすべてのホームに、かつすべての時刻に配置することは不可能である。 乗降客の数、乗降客の流れ、時刻、列車の便数、列車の編成車輌数、当該駅の地理的状況、及び配置可能な駅員数、並びにホーム配置に代わる改札口駅員による対応の可能性等を総合的に判断せざるを得ないのである。 右のような事情であるから、ホームに駅員の配置がないことが、直ちに旅客運送契約上の安全配慮義務の不履行とは言えないのである。            (乙第2号証 大阪市交通事業の概要)  2 本件事故当時本件ホームの駅員の配置 (1) 本件事故が発生したのは、平成7年10月21日午後10時ごろである。 本件ホームには、午後2時から午後7時まで駅員が配置され、午後5時から午後5時30分と午後11時から午前0時30分まで助役等が配置されていた。           (乙第23号証ホーム整理係員配置状況) 本件ホームの乗降客数・乗降客の流れ・時刻・列車の便数・配置可能な駅員数を勘案して、本件ホームの乗降客の多い時間帯と終電車近くでかけ込み乗車される可能性のある時間帯に駅員と助役等を配置したのである。 本件事故が発生した午後10時ごろには、本件ホームには、駅員助役等もいなかったが、それをもって、安全配慮義務に違反しているとはいえないのである。 (2) 旅客数の増加に対応するため平成7年12月9日から、御堂筋線の編成車両数を10車両としたことに伴い、駅員等の本件ホーム配置を変更した。              (乙第24号証ホーム整理係員配置状況) (3) なお、その際御堂筋線各駅に「非常停止合図装置」を設置し、新大阪から天王寺駅の各駅には「扉閉合図装置」を設置している。 (乙第14号証、同18号証の1から3、同15号証、同第19号   証の1から3)  3 その他の措置   (1)「ひと声かけて運動」の展開      昭和54年ころから駅員に限らず一般乗客にも、障害者が安全に乗      車できるように協力を呼びかけている。                  (乙第20号証、同21号証の1,2)      駅員には視覚障害者を改札口付近で見かけた場合には、地下鉄職員      である旨伝え、「一声」かけ、視覚障害者の意向を確認して、案内の      依頼を受けた場合は必ずホームまで案内し、乗車を確認後降車駅に      当該列車の到着時刻及び乗車位置を連絡し、連絡を受けた降車駅の      職員は、ホームで迎え地上まで案内するように指導している。           (乙第38号証視覚障害者への対応について)           (乙第39号証視覚障害者への対応の徹底について)           (乙第54号証4頁) (2)音声による情報提供 駅ホームでは、列車の接近予告及び到着告知を自動による放送で知らせている。      (同) (3) 点字による駅形状等の情報提供 地下鉄点字構内案内冊子を作成して視覚障害者の各訓練施設に配布して、視覚障害者が駅構内の構造を予め知ることができるようにし、且つ駅には地下鉄駅構内案内触地図(音声案内付)等を設けている。      (同)  地下鉄御堂筋線天王寺駅の点字構内案内冊子(乙第44号証)  点字構内案内冊子配布施設        (乙第46号証)  駅別の点字構内冊子作成年次       (乙第45号証)  4 大阪市営地下鉄では、上記のとおり視覚障害者の安全に最大限配慮しつ    つ、旅客の安全及び円滑な乗降にも配慮したものであり、旅客運送契約    上の債務不履行はない。 第4 被告の主張(本件転落事故の原因)    本件事故は、原告及び原告の依頼した介助者の不注意によって生じたも    のである。  1 乗車特性の無視 (1) 視覚障害者の乗車訓練 初めての駅の乗降訓練は、駅の構造を説明して、どの位置で乗車し、どの位置で降車するかの訓練をし、「その駅に対する行動パターンとして、乗降位置を決める」のである。                  (証人村上の証言44頁) (2) 原告の御堂筋線天王寺駅の乗降訓練とその後の乗降 原告は、事故の3ヶ月ほどまえに、本件ホームのB階段の西で降車し、同階段に向かって東進してB階段を登って御堂筋線天王寺駅の東改札口を出て、近鉄の東改札口の方に向かうというルートの訓練を受けた。                  (本人尋問6,28頁) その後4,5回御堂筋線天王寺駅を利用しているが、いずれも、B階段の西で降車して東進してB階段を登るルートをとっていた。 なお、御堂筋線梅田駅では、阪急の梅田駅から一番近い北改札口を利用していた。                  (本人尋問6,7頁) これからみても、原告は、御堂筋線梅田駅、同天王寺駅に対する行動パターンとして、乗降位置を決めていたことがわかる。 (3) 原告の友人が原告を梅田駅で列車に乗せた際、何両目に乗車させたか告げず、原告もそれを聞かなかったこと。 原告は、天王寺駅一番ホームのホーム形状、各階段の位置、エスカレーター・エレベーターの位置等を全体的に把握して、自在に乗降位置をその都度変える能力を取得していたものではなく、降車する場合に、いつもB階段の西において降車して列車進行方向に歩行し、B階段を登るという行動パターンをとっていた。 そのため、原告においては、ホームのどこで降車するか、ひいては列車のどの部分に乗車するかは降車後の歩行方法を決するにあたって極めて重要なことである。 原告は、自らの天王寺駅一番ホームにおけるこの歩行特性を忘れ、いつもと同じようにB階段西において降車したものと思い込み、一緒に列車から降車した人たちが歩行中にいなくなっても疑問を抱かず、また自らの身体の直近を下車した列車が走行しているのを体感しても、且つ前方の壁にぶつかってもまだ疑問を抱かず、これをA階段とする誤った判断を持ち続け、直近を通過する列車に更に近寄って、本件事故に遭遇したものである。 天王寺駅一番ホームの降車位置を特定して、歩行していた原告としては、降車後に適正な歩行方法をする義務だけでなく、パターン行動の起点である梅田駅乗車時において既にその位置を確認しておくべき義務が存したところ、これを怠り、その後の事故の発生を惹起したものである。 (4) 原告の過失 上記の点において、原告に注意義務違反が存する。 なお、梅田駅ホームに案内して原告を列車に乗車させた友人は、原告の補助者であって、その人自身は原告の天王寺駅一番ホームにおける歩行特性を知らなかったものと思われるので、友人が乗車位置を原告に告げなかったこと、及び原告が乗車位置を確認しなかったのは、原告自らの過失である。  2 原告の環境認知の不十分と不用意な行動 (1) 視覚障害者の歩行と環境認知について @ 環境の認知 歩行者は、歩行の安全性と能率を高める上で、環境を的確に認知し、その環境に応じて機敏に対処する行動を取ることが要求されている。 視覚障害者は、視覚によって環境を認知することができないので、それに変わる感覚その他の手段を総合して環境を認知しなければならない。 A 触覚による環境の認知 視覚障害者が直接自ら手で触れ、足で踏んで床面や地面の特徴、機能と種類、道路上の構築物の特徴と機能等を認知する。                  (乙第42号58〜63頁) B 白杖による環境の認知 視覚障害者が対象物に手や足で直接触れなくとも、白杖という媒体物を通じて認知する。                  (同63〜66頁) 白杖による認知の場合には、対象物が危険物であっても、危険物に直接接触しないで、しかも危険物に接近しすぎないうちに予め対象物を認知することができる。 C 聴覚による環境の認知 視覚障害者はその発音体に直接触れなくてもそこに何があるか(音による発音体の識別)、あるいはそれがどんな状態にあるか(音源の定位・音を遮断する物体の認知・音の反射や反響による物体の認知・音の反射や反響による空間の広さの認知)を知る手掛かりとして利用できる。 また、発音体の位置を知ることもできるのである。                    (同66〜72頁) D その他の感覚による環境の認知 歩行との関連で環境を認知する上では、そのほかに臭や輻射熱などの情報、及び平衡感覚や筋感覚によって受容される情報が役に立つことが多い。                    (同73頁) 皮膚で感じる空気の動き(風)も、環境把握の役に立つ。 E 視覚障害者用のガイドブックが作成されている場合もあるので、これを活用して利用する駅の構造を前もって調べておくことも有効である。                    (同175頁) F 視覚障害者は、一般的に@〜Eで得た情報を総合して環境認知を行うのである。 (2) 原告の環境認知の不十分 @ 視覚障害者用の天王寺駅構内案内図が有るにもかかわらず、これらを事前に調べていない。                     (本人尋問28頁) A 触覚、白杖による環境認知の軽視 原告は、天王寺駅下車後、「点字ブロックに沿って歩くのではなく、B階段に向かう人の流れにできるだけ逆らわないように」していた。                    (本人尋問8頁) 原告は、足や白杖で縁端警告ブロックの情報を入手するつもりがなく、「警告ブロックのことは重視していなかった」のである。                    (本人尋問34頁) B 聴覚、その他の感覚による環境認知の軽視 歩行の途中まで同じ列車から降車した乗客が同一方向に歩いていたが、しばらくしてその人々もいなくなり、乗車していた列車も歩行方向と同一方向に発車進行している。                    (乙第26号証ビデオ) 原告は、同じ列車から降車し同じ方向に歩いていた人がいなくなった意味を理解せず、身体約1メートル右側を進行する列車の音と列車の進行により起こされた風がもたらす情報(右側に寄れば、進行中の列車と接触すると言うこと)の意味を理解していない。 (3)原告の不用意な行動 @ホーム縁端警告ブロックを触知できなくなった後も、それを探そうともせずそのまま歩行を続けている。 縁端警告ブロックが足又は白杖で触知できなくなったにもかかわらず、その後もそのまま約5メートル漫然と歩行を続けている。 原告は、「かなりの距離を縁端ブロックを触知しないで歩いたと言う認識を持っている」。 (本人尋問32頁) 原告は、「警告ブロックのことは重視しておらず」、触知し得なくなった警告ブロックをさがすつもりは毛頭なかったことを認めている。 (同34頁) しかし、少なくとも、線路に平行に敷設されている縁端警告ブロックを触知できなくなったときには停止すべきものである。 特に、原告のすぐ右側を列車が進行していたのに、縁端警告ブロックを無視して歩行を続けることは自殺行為に等しい。 Aホーム東端の壁に到って、白杖で縁端警告ブロック及びホーム縁端を確認せずに進行中の列車に近寄った。 原告は、本件ホームの東端に至り、まず白杖で壁の存在を認知したのであるから、その壁の意味、壁の横に本来あるべきホーム縁端警告ブロックの探索、ホーム縁端との距離の調査等をして安全を確認した後、身体を列車方向によせて右側からの回り込み行動に出るべきところ、本件ホーム上の階段の裏側の壁であると軽信し、白杖で右側のホーム縁端警告ブロックの有無や、ホーム縁端を確認することなく進行中の列車の音や風の存する右側に漫然と移動し、右腕が進行中の列車に接触し、巻き込まれように線路に転倒したのである。 (本人尋問32から35頁) 原告が、壁面に到った段階で停止していれば、本件事故は発生していない。 3 本件事故は、1原告の乗車特性の無視と2原告の環境認知の不十分と不用意な行動から起こったものであり、本件ホームの瑕疵や被告の安全配慮義務違反によって起こったものではない。 第5 被告の予備的主張(過失相殺) 被告がハード・ソフト両面において安全対策を講じている反面、前記のとおり原告には環境認知の不十分と不用意な行動が認められることから、本件事故の発生には、原告に少なくとも8割の過失が存する。 第6 被告の予備的主張(損害) 1 第1回目の症状固定 (1)症状固定時期 原告の症状は、左下肢・左上肢の理学療法、左上肢の作業療法ともに平成8年9月27日に終了しており、同年12月11日には症状固定の診断がなされていることから、同日には固定していた。 左下肢の再骨折は、医療過誤であり、本件事故と相当因果関係がない。 (2)左橈骨神経麻痺は、極めて軽微である。 同日付の傷害保険後遺障害診断書には、軽度の知覚麻痺ありと記載されているが(乙第51号証116頁)、しかしカルテには知覚障害はないと記載されていること(同17頁)から、知覚麻痺があったとしても極めて軽微なものと考えられる。 (3)この時の左下肢長差は、1センチメートルであった。 同日付の傷害保険後遺障害診断書には、左右の下肢長に差異がある旨の記載がない(乙第51号証116頁)が、カルテには左下肢長差1センチメートルの記載がある。 (乙第51号証20頁) (4)原告には左股関節に可動域制限はない。 同日付の傷害保険後遺障害診断書には、「左股関節の軽度の可動域制限」との記載がみられるが、制限の具体的程度についての記載がなく、直近のカルテには「股関節 屈曲110、外転50、内転30、内旋60、外旋60」との記載がある。 (乙第51号証18頁) ちなみに、正常可動範囲は、屈曲0〜90(膝屈曲のとき0〜120)、外転0〜45、内転0〜20、外旋0〜45、内旋0〜45である。 (乙第52号証) 測定の方法にもよるが、原告には左股関節に可動域制限はない。 (5)原告には左膝関節に可動域制限はない。 同日付の傷害保険後遺障害診断書には、「左膝関節の制限(ROM 0→120)による正座不可」と記載されているが、カルテ上では、平成8年7月25日で「ほぼ左膝屈曲制限なし」となっている。 (乙第51号証39頁) ちなみに、膝関節の正常可動範囲は、屈曲0〜130、伸展0である。 (乙第52号証) 正座ができないのは、神経症状としての痛みが残っていたもので、年月の経過により消失するものである。 (6)原告は、アメリカに渡航を計画できるほどに日常生活能力も回復していた。 (乙第51号証17頁) (7)原告に残った障害の程度は「労働能力は正常に近いが就労可能な職種についての制限がある」にすぎなかったのである。 (乙第51号証118頁) 2 左大腿骨の再骨折と治療の再開 左大腿骨の再骨折は、医療過誤であり、それによる治療は本件事故と相当因果関係はない。 原告は、平成9年2月12日左大腿骨の抜釘を行い入院リハビリ中のところ、同月22日ごろ同部位を再骨折したため、同年3月5日再度チタン性ブロードプレートを挿入し、腸骨を移植する観血手術を受けている。 (乙第50号証2頁) なお、左上腕については、一度観血的固定術を行った後(平成7年10月30日)、「左上腕を捻り、骨折部アラインメントが不正となり」、同年11月17日に再度固定術を行った経緯があるので(乙第50号証3頁)、再々骨折を避けるため「上腕骨のプレートは抜かない方がよい」(乙第51号証15頁、乙第49号証3頁)とされていたのである。 医師が左大腿骨の骨癒合の不十分を見落として抜釘したため、再骨折したものである。 左上腕と同様に抜釘していなければ再骨折はなかった。 この左大腿骨の再骨折により、症状固定していたにもかかわらず、同部につき治療を再開したものである。 この再骨折により左下肢の短縮が生じたか、または短縮が大きくなったと思われる。 3 仮に大腿骨の再骨折後の治療が、本件事故と相当因果関係があるとしても、原告の体質、医師の指示不適切を考慮して相当の寄与度減額をなすべきである。 4 第2回目の症状固定(左大腿骨再骨折後の症状固定)と後遺障害 (1)症状固定時期 カルテ上では、平成9年12月16日に「症状固定」と記載されている。 (乙第51号証24頁) したがって、医学的にはこの時に症状は固定していたと考えるべきである。 (2)左上肢の徒手筋力は4−〜4である。 左大腿骨再骨折後の治療は、同部に対してだけ行われ、左上肢については行われていない。 しかし、左上肢についても自然に筋力の回復をし、平成8年12月11日の症状固定時には徒手筋力が3〜4であったものが(乙第51号証116頁)、平成9年6月11日には4−〜4になっている(乙第50号証33頁)。 しかるに、平成10年3月3日付後遺障害診断書には、平成8年12月11日付の後遺障害診断書の記載がそのまま転記されており、その記載は不当である。 (甲第23号証) 左上肢の徒手筋力は、4−〜4であり、正常である。 (3)左膝関節には、可動域制限はない。 左下肢に対する理学療法を平成9年3月19日から再開し、同年7月3日まで行っている。 平成9年7月1日には、膝の屈曲は130となり、正常範囲にまで回復している。 (乙第51号証23、乙第52号証) ちなみに、膝関節の正常可動範囲は、屈曲0〜130、伸展0である。 (乙第52号証) 平成10年3月3日付後遺障害診断書(甲第23号証)には、左膝関節の可動域の低下があるかの如く記載されているが、みるべき可動域制限はない。 (4)左股関節にも、可動域制限はない。 平成10年3月3日付後遺障害診断書には、「左股関節の軽度の可動域制限がある」と記載されているが(甲第23号証)、カルテには股関節可動域制限の記載はまったくない(乙第51号証23〜25頁)。 左股関節にはみるべき可動域制限はないのである。 あればカルテまたは、後遺障害診断書に記載されるのである。 (5)左下肢の徒手筋力は正常である。 平成10年3月3日付後遺障害診断書(甲第23号証)には、左下肢筋力低下(徒手筋力4)と記載されているが、カルテ上では大腿の筋力は腸腰筋5−、大腿四頭筋5−、外転筋4−とほぼ正常にまで回復している。 (乙第51号証23頁) (6)平成9年12月16日には「正座不可」であるが、「和式トイレOK」まで回復している。 (7)左右の下肢の脚長差 右83cm 左81cm (甲第23号証) 前記のとおり、再骨折前の脚長差は1センチメートルであったものが、再骨折により2センチメートルになったのである。 5労働能力の喪失率 平成10年3月3日付後遺障害診断書の中で、原告の労働能力に真に影響を及ぼす可能性があるものは、左下肢の短縮だけであり、「下肢の1センチメートル以上短縮したものとして」、労働災害の後遺障害等級13級8号に該当するにとどまり、その労働能力喪失率は9%である。 以上