平成13年(ネ)第3719号損害賠償請求控訴事件 控訴人 佐木理人 被控訴人 大阪市               準備書面(11)                          平成14年2月15 大阪高等裁判所第6民事部D係 御中                             被控訴人訴訟代理人                        弁護士   飯田 俊二                        同     川口 俊之     控訴人の2002年2月5日付け準備書面に対する反論  第1 控訴人の主張の要点に絞って反論する。  1 (1 控訴人の主張   控訴人は「『視覚障害者の安全性確保』と『大量、高速輸送における円滑、   安全な旅客の乗降』とは本来対立するべくものではなく、あえて対置させる   非常識な発想に、原判決の不当性が端的に現れている」と主張する。   (2) 反論   新たに駅を作る場合には、建設費の点を横に置けば、控訴人の主張するよう   に『視覚障害者の安全性確保』と『大量、高速輸送における円滑、安全な旅   客の乗降』との2つの法益を一致させることは比較的容易であり、むしろ2   つの法益は基本的に一致すると思われる。   すなわち、駅を作るにあたって、乗降客数・その流動を予測して駅やホーム   を大きくすることにより大量・高速輸送が可能になり且つ視覚障害者がホー   ム上の柱等に衝突することがなくなり、エレベーター・エスカレーターを   設置することにより一般乗客及ぴ障害者・老人等の利便性を高め、ホームに   ホームドアを設置することにより視覚障害者その他の乗降客のホームから線   路への転落を防止することができるのである。   これは、あくまで理想的な姿である。   ところが現実は、建設費の負担に加えて、既存駅(ホーム)をそれに可能な   改造を加えて利用しなければならないと言う制限のもとに、「大量、高速輸   送の要求」と「視覚障害者の安全性確保の要求」を充たさせなければならな   いのである。   例えば、本件で問題となった視覚障害者のホームから線路への転落防止のため   に最も有効な方法はホームドアを設置することである。   京都市の東西線など最近新たに建築された路線にはホームドアが採用されて   いる。   ところが、既存の駅(ホーム)では、ホームの幅が狭かったり、ホーム上に   階段、エスカレーター、柱等があって物理的にホームドァを設置できないこ   ともある。   仮に、無理をして設置したとしても、ホームの有効スペースが減少しホーム   で乗車待機できる乗客数が減少し、乗降客の移動可能スペースが減少して乗   客と降客とのスムーズな流れが阻害され大量、高速輸送の要求を満たせなく   なってしまうのである。   これは、御堂筋線淀屋橋駅にホームドアが設置された状況を想定すれば、理   解し易いのである。   「視覚障害者の安全」の観点からは、ホームドアの設置が望ましいのである   が、現在のホーム幅、乗降客数等からみて「大量、高速輸送」の観点からは、   スムーズな乗降客の流れを阻害することが明かであるから、ホームドアの設   置は望ましくないのである。   こういうことから、まさに総合考慮が必要なのである。   総合考慮を否定する控訴人の主張は一面的に過ぎる。   なお、ホームの拡張については、多大の費用と時間が掛かることについては、   準備書面(二)に記載のとおりである。  2 (1) 控訴人の主張   控訴人は、最高裁昭和46年4月23日第二小法廷判決を引用して、原判決   が他の鉄道事業者における転落防止柵等の設置状況を考慮していることを批   判している。    (2) 反論   原判決は、他の鉄道事業者が低レベルの安全対策しかとっていないから、被   控訴人も低レベルの安全対策でも良いと判示しているのではない。   原判決は、各鉄道・駅ごとに個別に事情が異なること、統一した基準がない   こと、優先の選択の余地があること、効果につき見解が分かれることから、   各鉄道業者において合理的な裁量の余地のあることを判示したのである。  @ 縁端警告ブロックのホーム縁端からの距離の確保   ホーム上に階段、柱があってホーム縁端から80pのところに縁端警告ブ   ロックを設置すると視覚障害者がそれにそって歩行中階段や柱に衝突する   危険がある場合にそれでもホーム縁端から80pのところに縁端警告ブロ   ックを設置する方法と、被控訴人のように、視覚障害者が階段や柱に衝突   することを避けるため8pほどホーム縁端にずらして警告ブロックを直線   で連続して設置する方法とがある。   前者は、ホームからの転落を防止する観点から80pの間隔を空けること   を重視し、階段・柱との衝突、警告ブロックの衝突もやむを得ないものと   考えるのである。   それに対し後者は、歩行中に階段・柱に衝突するとひいては線路への転落   の危険があること及び警告ブロックの屈曲・断絶は視覚障害者に混乱を生   ぜしめるのでこれも避ける必要があるものとの考えである。   何を優先するか選択の余地があり、いずれも合理的な政策的判断である。  A ホーム終端部における縁端警告ブロックの望ましい形状   ホーム終端部に乗降階段があったり、エレベーター・エスカレーター等が   有る場合には、縁端警告ブロックをそのまま乗降階段等に延ばせば良いと   考えられる。   ホーム終端にそのような設備がなく、本件御堂筋線天王寺駅1番ホームの   ように単に壁が存するだけのときに縁端警告ブロックをどのように設置す   ることが視覚障害者の転落防止の観点から望ましいか。   鉄道事業者により異なり、真っ直ぐに壁まで縁端警告ブロックを延ばして   設置しているものと、途中で屈曲させて線路と反対の方に延ばして設置し   ているものと、両方に設置しているものがある。   効果につき見解が分かれるところであり、いずれも合理的選択の範囲であ   る。   なお、平成7年当時この点についても統一した基準はなく、視覚障害者団   体から設置方法に関する要望もなかった。  3 (1) 控訴人の主張   控訴人は、「原判決は、視覚障害者が安全対策が十分になされていると信頼   することを許さず、設備が不十分であったことの責任を視覚障害者に帰して   しまっている」と批判している。    (2) 反論   原判決は、控訴人が縁端警告ブロックの設置されているところでもそれに   沿って歩行せず、それを触知できなくなってもそのまま歩行を続けた点を   とらえて、「警告ブロックの設置の趣旨、目的等からすれば、控訴人の行   動が安全設備の設置者の期待に反する行動であった」と控えめに判示して   いるのである。   控訴人もホーム縁端を歩行するにあたって縁端警告ブロックを「重視して   いなかった」(本人尋問8,34頁)ことを認めている。   また、控訴人は、ホーム東端の壁を右から回り込もうとするにあたり、縁端   警告ブロックの探索もしていない。   控訴人の「視覚障害者が安全対策が十分なされていると信頼する」とは何を   意味するのか「どのような対策が取られていると信頼」した結果、ホーム縁   端を歩行するにあたって、縁端警告ブロックを重視しないでも良いと考えた   のか不明である。  4 (1) 控訴人の主張   控訴人は「原判決は、転落事故が多発している現状を放置しても被控訴人   は何ら責任を負わないという結論を導いており、不当極まりない」と批判   する。    (2) 反論   視覚障害者のホームからの転落事故についても、転落した箇所(ホ一ムの終   端なのか中央部なのか、列車の前か後ろか・連結部か)、転落までの経緯、   転落の原因、晴眼者の介助を受けていたのか、いつまで受けていたのか、盲   導犬の有無、白杖使用の有無等それぞれ事情が異なるのである。   「平成元年から平成7年10月の本件事故までに25件の転落事故が発生し   ている」からといって、直ちに被控訴人の責任が認められるものではないの   である。   原判決は、控訴人も認めているとおり「転落防止柵の不設置、縁端警告ブロ   ックの不延長、立入禁止柵の不設置及び駅員の不配置につき、個別的に合理   性の有無や問題性についての判断をして、本件ホームの設置又は管理の暇疵   を否定している」のである。(控訴人準備書画14頁) 5 (1) 控訴人の主張   控訴人は「原判決は、諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に蝦疵の有無   を判断するという抽象的基準を繰り返すだけで、如何なる要素を考慮すべき   かについて判断基準を定立できていない」と批判する。  (2) 反論   原判決は、「特別の法的規定はなく、各交通事業者において、駅の立地条件、   乗客数、駅の形状、ホームの形状、乗降客の流れ等を考慮して適宜定めてい   るのが実情であり、基本的には各交通事業者の政策的判断である」と判示し   ている。   これをみても、原判決が総合的考慮の中に、駅の立地条件、乗客数、駅の形   状、ホームの形状、乗降客の流れ等を考慮要素としていれていることが読み   とれる。   控訴人の、「如何なる要素を考慮すべきかについての判断基準を定立してい   ない」という批判は当たらない。 6 (1) 控訴人の主張   控訴人は、視覚障害者が転落する危険の有無・程度を固定的・一義的に決め   つけて、且つ他の法益との調整を拒否して、原判決を批判している。   (2) 反論   本件ホームの東側終端部は、縁端警告ブロックが北側に屈曲され、それより   東に進行すれば縁端警告ブロックもその他の誘導ブロックも触知できなくさ   れていた。   歩行中の縁端警告ブロックの触知は、近くにホーム縁端があるという危険信   号でもある一方それに沿って歩行している限り安全であると言う信号でもあ   る。   縁端警告ブロックも誘導ブロックも触知できなくなると危険信号が発せられ   ているのである。   そのときには進行を止めて、介助を求めるか、慎重に白杖でスライドをして   ゆっくり進行するべきなのである。そのようにすれば、転落の危険はないの   である。   控訴人も認めているとおり、大阪市地下鉄では100%点字ブロックが敷設   されていたのであり(控訴人準備書面20頁、甲第30号証のD)、縁端警   告ブロック、誘導フロックの意味のない不連続はないのである。   本件ホーム東側終端部を「危険空間」と固定的・一義的に決めつけるのは当   を得ていないのである。   原判決は、この点を「線路に転落する危険のある空間というべきものであり、   これを放置することなく、できる限り解消することが望ましい」として、本   件ホーム東側終端部の前記縁端警告ブロックの存在による危険空間の解消又   は、危険の減少を考慮して「危険ないし安全という概念は相対的なものであ   り、一口に危険空間といっても一義的に定まるものではない」 「果たして危   険空間と言えるかどうか、仮に危険空間といえたとしてもその危険性の度合   い等は様々に異なるものである」と判示しているのである。   極めて正当にして説得力のある判示である。   原判決は、大量、高速輸送という法益との総合考慮が欠かせないから、危険   の減少はしても危険の解消までに到らなかったとしても、直ちにホームの設   置又は管理に暇疵があるとか、危険空間を解消する措置を執らなかったこと   により、直ちに法的責任があるということにはならないと判示するのである。   危険の完全な解消に到っていないことに、合理的理由があるか否かを具体的   に検討しているのである。   極めて正当にして柔軟な判断である。 7 (1) 控訴人の主張   控訴人は「原判決が、被控訴人のホームの設置管理の暇疵を否定する理由   として、他の交通事業者との比較においてホームの転落防止柵及び警告ブロ   ックの設置状況が特に劣っていたとは認められないことをあげている」こと   を批判している。  (2) 反論   原判決は、他の理由から暇疵を否定し、その上で他の交通事業者との比較に   おいても特に劣っている訳ではないと判示しているものである。   他の交通事業者との比較だけをして、本件ホームの暇疵を否定しているわけ   ではないのである。   また、原判決は、控訴人が主張するように医療過誤訴訟におけるような「水   準論」をとっている訳ではないのである。   「水準論」を採用しているなら、転落防止柵の不設置、警告ブロックの不延   長、立入禁止柵の不設置及び事故時の駅員の不配置につき、個別的にその合   理性を判断することはないのである。   これらを個別的に判断しているのは、控訴人の言う「水準論」を採用してい   ないからである。 8(1) 控訴人の主張   控訴人は、原判決が控訴人の歩行方法が安全設備の設置者の期待に反する行   動であったとして「営造物の設置又は管理の瑕疵の有無を判断するに際して   の、これを否定的な事情として考慮することはやむを得ない」と判示したこと   を批判している。   客観的に判断されるべき暇疵の有無の判断につき、控訴人の歩行方法を考慮   するべきではないと主張するものである。  (2) 反論   本件ホーム東側終端部では、ホーム縁端警告ブロックが北側へ屈曲させてあ   った。   視覚障害者である控訴人には、ホーム縁端警告ブロックが近くにホーム縁端   があること及び縁端警告ブロックを触知しながら歩行すれば転落の危険はな   い情報を提供していること並びに縁端警告ブロックを触知できないことは危   険があることの情報の提供であることは十分理解していたはずである。   また、当時既に大阪市営地下鉄では、点字ブロックが100%普及し意味の   ない縁端警告ブロック・誘導ブロックの不連続はないことも十分理解してい   たはずである。   しかるに、控訴人は、上記事実を十分理解している者としてホーム縁端を歩   行する場合には、縁端警告ブロックを触知して安全を確認しながら歩行する   べきところ、ホームに降り立ったあと縁端警告ブロックを重要視せず歩行し、   さらに縁端警告ブロックを踏み越して縁端警告ブロックも誘導ブロックも触   知できない状況にいたったにもかかわらず、右約1mくらいのところを下車   した列車が走行しているのを音及び風で感じ取りながら、ホーム縁端近くを   約5m歩行し続けて東端の壁にいきあたり、右に回り込もうとして走行中の   列車に近づき列車に巻き込まれるようにして線路に転落したものである。   控訴人が縁端警告ブロックを重要視せず、これを無視して転落にいたったの   である。   ホームの暇疵を判断するについて、控訴人が視覚障害者として自ら転落を回   避するために取るべき行動を取っていたにもかかわらず転落したのか、それ   とも転落を回避するために取るべき行動を取らなかったために転落したのか   を考慮するのは当然である。   控訴人は、原判決が「期待」という柔らかい言葉でした表現にこだわってい   るだけである。 9 (1)控訴人の主張   控訴人は、視覚障害者に縁端警告ブロックを越えないように期待すること自   体不可能を強いるものであると主張している。   (2)反論   視覚障害者にとって縁端警告ブロックを越えることはホームからの転落の危   険が高くなることであると容易に理解できるのであるから、転落を回避する   ためそれを越えないようにして歩行することは十分期待できることである。   しかし、控訴人の主張するように歩幅との関係で縁端警告ブロックを跨ぎ越   してしまうことは考えられる。   その場合でも、越したあと縁端警告ブロックも誘導ブロックも共に触知でき   ない状況に到ったときには、進行を止めて介助を求めるか、白杖をスライド   させでゆっくり歩行して縁端警告ブロックや誘導ブロックを探し、それを探   し当てればそれにしたがって歩行することができるはずである。   そのような行為を視覚障害者に期待することに何ら不自然はなく、視覚障害   者においても自らを防衛するために当然する行為である。   視覚障害者に縁端警告ブロックを越えないように期待し、もし越えたならば   上記のような慎重な探索行動をとるように期待しても、決して、不可能を強   いるものではない。 10 (1)控訴人の主張   控訴人は、原判決が「(本件ホーム東側終端部における縁端警告ブロック   の北側への屈曲につき)視覚障害者を転落等の危険から遠ざけて安全な方向   に誘導し、警告ブロックによる危険表示を与えられないままホーム縁端部か   ら転落することがないように配慮した設置方法であると認められる」と判示   したことを、警告ブロックは危険の表示であって、安全な方向へ誘導機能は   ないと批判している。  (2) 反論   縁端警告ブロックは、誘導機能も持っているのである。   ホーム上を歩行するときには、縁端警告ブロックを触知しながら、それに沿   ってホーム縁端にさらに近づいたり踏み越えたりしないように進行するので   ある。そうすることによって、結果的に視覚障害者を安全な方向へ誘導する   ことになるのである。   縁端警告ブロックは、警告していると同時に誘導もしているのである。 11(1) 控訴人の主張   控訴人は最高裁昭和55年9月11日判決を引用して、被控訴人は控訴人   が本件現場から転落することが予測できたと主張する。  (2) 反論   被控訴人は、控訴人が縁端警告ブロックを無視して歩行を続けることまで予   測していない。   控訴人は、天王寺駅下車後、「点字ブロックに沿って歩くのではなく、B階   段に向かう人の流れにできるだけ逆らわないように」し(本人尋問8頁)、   足や白杖で縁端警告ブロックの情報をもともと入手するつもりがなく、「警   告ブロックのことは重視していなかった」のである(同34頁)。   そのため、控訴人は縁端警告ブロックが足又は白杖で触知できなくなったに   もかかわらず、その後も約5m漫然と歩行を続けているのである。   それに対し控訴人は「かなりの距離を縁端ブロックを触知しないで歩いたと   言う認識を持っている」のである(同32頁)。   被控訴人は、控訴人がこのような危険無謀な歩行をすることまで予想してい   なかったのである。 12(1)控訴人の主張   控訴人は、本件事故発生前に類似事故が4件あったので被控訴人には控訴   人の転落を予測できたはずであると主張する。   (2) 反論   控訴人の主張する上記は4件の転落事故の類似点はホーム終端部において   生じたということだけであり、事故に到る経緯、原因は全く異なるのであ   る。   平成4年7月3日の事故は、盲導犬の誤導によって起こったものである。   平成6年12月5日の事故は、いつもは使用している白杖を事故時には使   用していなかったため周囲の状況把握が不十分であったことにより起こ   ったものである。   平成7年6月24日の事故は、視覚障害者がホーム縁端と縁端警告ブロッ   クの間のホーム縁端よりを歩行していて転落したものである。   本件事故は、控訴人の自らの乗車特性の無視と環境認知の不十分と不用意   な行動が重なって起こったものであり、上記事故とその原因を異にする。   被控訴人は、控訴人がこのような無茶な歩行をすることは予測できていない。 13 (1) 控訴人の主張   控訴人は、被控訴人の平成7年9月の転落防止柵・立入禁止柵・縁端警告   ブロックの設置基準の変更をもって、「従来の設置方法に安全上の問題があ   ったことを認めているからにほかならない」と主張する。    (2) 反論   被控訴人は、常時他の法益との調整を考慮しながら、危険場所の解消に有効   適切な方法を模索しているのである。   設置基準の変更は、その一つである。   平成7年9月の転落防止柵・立入禁止柵の設置基準の変更は、列車が所定の   停止位置より手前に停止することは少なく、もし所定の停止位置より手前に   停止しても時間を要せずに少し前進させて修正することができるので、列車   の後部については本来の停止位置より1m以内には転落防止柵・立入禁止   柵を設けないようにしたのである。この基準の変更に当たっては、大阪市視   覚障害者福祉協議会とも協議している。   また、縁端警告ブロックのホーム東端までの延設は、北側への屈曲より   視覚障害者に対する警告効果が大きいかもしれないと考えて、大阪市視覚障   害者福祉協議会とも協議の上試みているものである。   前者の方が警告効果が大きいと言う確信のもとに基準を変更したものではな   い。   したがって、上記基準の変更が、「従来の設置方法に安全性の問題を認めて」   なされたものではないのである。   改善の余地があるのではないか、より効果があるのではないのかとの見地か   ら試みているのである。   さらに、よりよい方法が見つかれば、変更・改善する用意はあるのである。 14 (1) 控訴人の主張   控訴人は、「防護柵や点字ブロックの設置方法にいくつかの選択肢がありう   るとしても、それらを全体として見た場合、視覚障害者の転落事故を未然に   防ぐのに十分な設備でない以上、本件ホームの設置又は管理に暇庇がある」   と主張する。  (2) 反論   控訴人は、以下に記載する控訴人の「乗車特性の無視」「環境認知の不十分」  「縁端警告ブロックの無視」という真実の転落原因に目を背け、転落の結果が   あればその原因や他の法益を考量せずに、「ホームの設置又は管理に暇庇」が   あることになると主張するものである。   不当な主張と言わざるを得ない。  @ 控訴人の乗車特性の無視  a 視覚障害者の乗車訓練   初めての駅の乗降訓練は、駅の構造を説明して、どの位置で乗車し、ど   の位置で降車するかの訓練をし、「その駅に対する行動パターンとし   て、乗降位置を決める」のである。                     (証人村上の証言44頁)  b 控訴人の御堂筋線天王寺駅の乗降訓練とその後の乗降   控訴人は、事故の3ヵ月ほどまえに、本件ホームのB階段の西で降車   し、同階段に向かって東進してB階段を登って御堂筋線天王寺駅の東   改札口を出て、近鉄の東改札口の方に向かうというルートの訓練を受け   た。                      (本人尋問6,28頁)   その後4,5回御堂筋線天王寺駅を利用しているが、いずれも、B階段   の西で降車して東進してB階段を登るルートをとっていた。   なお、御堂筋線梅田駅では、阪急の梅田駅から一番近い北改札口を利用   していた。                      (本人尋問6,7頁)   これからみても、控訴人は、御堂筋線梅田駅、同天王寺駅に対する行動   パターンとして、乗降位置を決めていたことがわかる。  C 控訴人の友人が控訴人を梅田駅で列車に乗せた際、何両目に乗車させた   かを告げず、控訴人もそれを聞かなかったこと。   控訴人は、天王寺駅一番ホームのホーム形状、各階段の位置、エスカレ   一ター・エレベーターの位置等を全体的に把握して、自在に乗降位置を   その都度変える能力を取得していたものではなく、降車する場合に、い   つもB階段の西において降車して列車進行方向に歩行し、B階段を登る   という行動パターンをとっていた。   そのため、控訴人においては、ホームのどこで降車するか、ひいては列   車のどの部分に乗車するかは降車後の歩行方法を決するにあたって極め   て重要なことである。   控訴人は、自らの天王寺駅一番ホームにおけるこの歩行特性を忘れ、い   つもと同じようにB階段西において降車したものと思い込み、一緒に列   車から降車した人たちが歩行中にいなくなっても疑問を抱かず、また自   らの身体の直近を下車した列車が走行しているのを体感しても、且つ前   方の壁にぶつかってもまだ疑問を抱かず、これをA階段とする誤った判   断を持ち続け、直近を通過する列車に更に近寄って、本件事故に遭遇し   たものである。   天王寺駅一番ホームの降車位置を特定して、歩行していた控訴人として   は、降車後に適正な歩行方法をする義務だけでなく、パターン行動の起   点である梅田駅乗車時において既にその位置を確認しておくべき義務が   存したところ、これを怠り、その後の事故の発生を惹起したものである。  A 控訴人の環境認知の不十分と不用意な行動  a 視覚障害者の歩行と環境認知について   あ 環境の認知   歩行者は、歩行の安全性と能率を高める上で、環境を的確に認知し、そ   の環境に応じて機敏に対処する行動を取ることが要求されている。   視覚障害者は、視覚によって環境を認知することができないので、それ   に変わる感覚その他の手段を総合して環境を認知しなければならない。   い 触覚による環境の認知   視覚障害者が直接自ら手で触れ、足で踏んで床面や地面の特徴、機能と   種類、道路上の構築物の特徴と機能等を認知する。                        (乙第42号証58〜63頁)  う 白杖による環境の認知   視覚障害者が対象物に手や足で直接触れなくとも、白杖という媒体物を   通じて認知する。                        (同63〜66頁)   白杖による認知の場合には、対象物が危険物であっても、危険物に直接   接触しないで、しかも危険物に接近しすぎないうちに予め対象物を認知   することができる。  え 聴覚による環境の認知   視覚障害者はその発音体に直接触れなくてもそこに何があるか(音によ   る発音体の識別)、あるいはそれがどんな状態こあるか(音源の定位・   音を遮断する物体の認知・音の反射や反響による物体の認知・音の反射   や反響による空間の広さの認知)を知る手掛かりとして利用できる。   また、発音体の位置を知ることもできるのである。                       (同66〜72頁)  お その他の感覚による環境の認知   歩行との関連で環境を認知する上では、そのほかに臭や輻射熱などの   情報、及び平衡感覚や筋感覚によって受容される情報が役に立つこと   が多い。                       (同73頁)   皮膚で感じる空気の動き(風)も、環境把握の役に立つ。  か 視覚障害者用のガイドブックが作成されている場合もあるので、こ   れを活用して利用する駅の構造を前もって調べておくことも有効であ   る。                       (同175頁)  き 視覚障害者は、一般的にあ〜かで得た情報を総合して環境認知を行   うのである。  b 控訴人の環境認知の不十分  あ 視覚障害者用の天王寺駅構内案内図が有るにもかかわらず、これら   を事前に調べていない。                       (本人尋問28頁)  い 触覚、白杖による環境認知の軽視   控訴人は、天王寺駅下車後、「点字ブロックに沿って歩くのではなく、B   階段に向かう人の流れにできるだけ逆らわないように」していた。                       (本人尋問8頁)   控訴人は、足や白杖で縁端警告ブロックの情報を入手するつもりがな   く、「警告ブロックのことは重視していなかった」のである。                       (本人尋問34頁)  う 聴覚、その他の感覚による環境認知の軽視   歩行の途中まで同じ列車から降車した乗客が同一方向に歩いていた   が、しばらくしてその人々もいなくなり、乗車していた列車も歩行方   向と同一方向に発車進行している。                      (乙第26号証ビデオ)。   控訴人は、同じ列車から降車し同じ方向に歩いていた人がいなくなっ   た意味を理解せず、身体約1メートル右側を進行する列車の音と列車   の進行により起こされた風がもたらす情報(右側に寄れば、進行中の   列車と接触すると言うこと)の意味を理解していない。  c 控訴人の不用意な行動   あ ホーム縁端警告ブロックを触知できなくなった後も、それを探そう   ともせずそのまま歩行を続けている。   縁端警告ブロックが足又は白杖で触知できなくなったにもかかわら   ず、その後もそのまま約5メートル漫然と歩行を続けている。   控訴人は、「かなりの距離を縁端警告ブロックを触知しないで歩いた   と言う認識を持っている」。                       (本人尋問32頁)   控訴人は、「警告ブロックのことは重視しておらず」、触知し得なく   なった警告ブロックをさがすつもりは毛頭なかったことを認めてい   る。                       (同34頁)   しかし、少なくとも、線路に平行に敷設されている縁端警告ブロック   を触知できなくなったときには停止すべきものである。   特に、控訴人のすぐ右側を列車が進行していたのに、縁端警告ブロッ   クを無視して歩行を続けることは自殺行為に等しい。  い ホーム東端の壁に到って、白杖で縁端警告ブロック及びホーム縁端   を確認せずに進行中の列車に近寄った。   控訴人は、本件ホームの東端に至り、まず白杖で壁の存在を認知した   のであるから、その壁の意味、壁の横に本来あるべきホーム縁端警告   ブロックの探索、ホーム縁端との距離の調査等をして安全を確認した   後、身体を列車方向によせて右側からの回り込み行動に出るべきとこ   ろ、本件ホーム上の階段の裏側の壁であると軽信し、白杖で右側のホ   ーム縁端警告ブロックの有無や、ホーム縁端を確認することなく進行   中の列車の音や嵐の存する右側に漫然と移動し、右腕が進行中の列車   に接触し、巻き込まれるように線路に転倒したのである。                   (本人尋問32から35頁)   控訴人が、壁面に到った段階で停止していれば、本件事故は発生して   いない。   本件事故は、a控訴人の乗車特性の無視、b控訴人の環境認知の不十分、   c控訴人の不用意な行動から起こったものであり、本件ホームの設置又は   管理の瑕疵によって起こったものではない。 15 (1) 控訴人の主張   控訴人は、被控訴人の職員が梅田駅で控訴人に「一声かけなかったこと」   及び本件事故当時ホームに駅員が立哨していなかったことから本件ホームの   暇疵を認定するべきであると主張する。   (2) 反論   @ 本件事故当時本件ホームの駅員の配置   a 地下鉄経営について   被控訴人準備書面(10) 第3 1.(1) (2) に記載したとおり   である。   b 本件事故が発生したのは、平成7年10月21日午後10時ごろであ   る。   本件ホームには、午後2時から午後7時30分まで駅員が配置され、   午後5時から午後5時30分と午後11時から午前O時30分まで助   役等が配置されていた。                (乙第23号証ホーム整理係員配置状況)   本件ホームの乗降客数・乗降客の流れ・時刻・列車の便数・配置可能   な駅員数を勘案して、本件ホームの乗降客の多い時間帯と終電車近く   でかけ込み乗車される可能性のある時間帯に駅員と助役等を配置した   のである。   本件事故が発生した午後10時ごろには、本件ホームには、駅員助役   等もいなかったが、それをもって、安全配慮義務に違反しているとは   いえないのである。   c 旅客数の増加に対応するため平成7年12月9日から、御堂筋線の編   成車両数を10車両としたことに伴い、駅員等の本件ホーム配置を変   更した。                  (乙第24号証ホーム整理係員配置状況)   本件ホームヘの駅員等の配置は、合理的理由があり、本件事故当時、本   件ホームに駅員等の配置がなかったことが、ホームの暇疵にはならない。   A 「ひと声かけて運動」の展開    a 昭和54年ころから駅員に限らず一般乗客にも、障害者が安全に乗   車できるように協力をよびかけている。                   (乙第20号証、同21号証の1,2)   駅員には視覚障害者を改札口付近で見かけた場合には、地下鉄職員で   ある旨伝え、「一声」かけ、視覚障害者の意向を確認して、案内の依   頼を受けた場合は必ずホームまで案内し、乗車を確認後降車駅に当該   列車の到着時刻及び乗車位置を連絡し、連絡を受けた降車駅の職員は、   ホームで迎え地上まで案内するように指導している。          (乙第38号証視覚障害者への対応について)          (乙第39号証視覚障害者への対応の徹底について)          (乙第54号証4頁)    b 梅田駅で控訴人に「一声」かけができていない   控訴人が晴眼者に介助されて梅田駅改札口を通過していることもあっ   て、梅田駅駅員は控訴人に「一声」かけができていなかった。   控訴人の乗車特性の無視、控訴人の環境認知の不十分、控訴人の縁端   警告ブロックの無視等を勘案すると、梅田駅駅員が控訴人に「一声か   けなかった」ことを持って、ホームの瑕疵とは言えないことは明かで   ある。 16 (1) 控訴人の主張   控訴人は、本件ホーム東側終端部における縁端警告ブロックが終端部の壁   まで真っ直ぐ延して設置されず、途中で北側に屈曲していることが暇疵であ   ると主張する  (2)反論     @ ガイドラインの技術的標準   ガイドラインの姿図・寸法や鉄道ターミナルモデル図によると、ホーム   縁端に沿ってホームを内側に囲い込むように縁端警告ブロックが設置さ   れている。                  (甲第12号証53頁、99頁)    A 本件ホームの東終端における縁端警告ブロックの形状   本件ホーム東端部においては、縁端警告ブロックは東端まで敷設され   ず、途中で直角にホーム北方面に延びているが、ホームを内側に囲い込   むようにはなっていない。   ガイドラインの姿図や鉄道ターミナルモデル図においては、島式ホーム   を念頭に置き、同形状のホームではホームの両側から線路への転落の危   険があるので、縁端警告ブロックでホーム内側を囲い込むようにしてい   る。   ところが、本件ホームは相対式ホームであるため、ホーム縁端と反対側   から転落する危険がないため縁端警告ブロックでホーム内側を囲い込む   必要はなく、縁端警告ブロックを直角にホーム北方面に延ばしたにとど   めたのである。   右設置方法をもって、ガイドラインに反するものとは考えられない。   なお、縁端警告ブロックは、視覚障害者にホームの縁端が存在するとい   う危険を警告するとともに、同ブロックを触知して歩行している限り、   ホーム縁端から転落することはない旨の安全情報の発信もしているので   ある。   縁端警告ブロックを触知しながら、歩行していて途中で同プロツクを触   知できなくなったときには、後者の情報が途絶えたのであるから、直ち   にその場で停止して白杖等で縁端警告ブロック又は誘導ブロックを探   し、縁端警告ブロック又は誘導ブロックを触知することができれば、そ   れに従って進み、縁端警告ブロック等を触知することができなければそ   の場で助力を求めて待つか、列車の進行音、構内放送、人の歩行音、列   車の進行に伴う風の方向等で安全な進行方向を確認してから進むべきで   ある。   したがって、本件ホーム東側終端部における縁端警告ブロックが終端部の   壁まで真っ直ぐ延して設置されず、途中で北側に屈曲していることをもっ   て暇疵とは言えない。 17 (1) 控訴人の主張   控訴人は、本件ホーム東側終端部に転落防止柵・立入禁止柵が設置されて   いないことが暇庇であると主張する。  (2) 反論   @ a 本件ホームに転落防止柵が設置されていなかった理由   本件ホームの終端や停止線付近には、旅客の乗降口・改札口・乗降階段   ・エレベーター・エスカレーター等の乗降設備もなく、ラッシュ時に旅   客がホームにあふれて押され線路に転落する高度の危険がないのである   から、列車停止位置から約5メートルの間隔があるも転落防止柵を設置   せず、過走があってもその範囲であれば列車をバックせずに乗降できる   ようにしている。   本件事故当時も現在も同じである。   b. 他の鉄道事業者の試行錯誤   JR西日本では、2001年1月の山手線新大久保駅のホームからの転落   事故を契機として、片町線の京橋駅、東寝屋川駅、東西線の北新地駅の   3駅に列車のドア(幅1.3m)に対応するホームの位置に2.3m   の開口部を設けて転落防止柵を設置した。   設置後転落事故はなくなったが、この転落防止柵では、列車が1mずれ   て停止すると転落防止柵が邪魔となって、全てのドアで乗客の乗降がで   きなくなってしまい、設置4ヶ月で止め直しを142回を余儀なくされ   ている。   JR西日本は、運転技術を上げるように指導しているがやり直しがなく   ならないなら、柵の撤去を含め検討するとしている。   転落防止柵の撤去も検討されているのである。           (乙第57号証 2002年1月9日付け朝日新聞夕刊)           (乙第58号証 2002年1月27日付け毎日新聞)   ホーム終端部だけに限った転落防止柵の設置ではないが、過走によるバ   ック等の止め直しの問題が現在もあることが判る。  A 本件ホーム終端に立入禁止柵を設置していない理由   本件ホーム終端部は壁になっており、さらに壁から6センチメートルの   立入禁止札が設置されているので、ホーム縁端との空間は34〜40セ   ンチメートルである。   このような箇所にまで通常乗降客が立ち入ることはないので、立入禁止   柵を設置していない。   仮に視覚障害者が誤って右箇所に至っても、杖又は手足や身体を壁に当   てたりして、杖で周囲を触ればホーム縁端や終端を覚知して停止できる   からである。   他に電車の音、構内放送、進行列車の風圧により、危険を覚知すること   も可能である。   また、普通鉄道構造規則は、建築限界を20センチメートルから40セ   ンチメートルとしていることも参考となる。                        (乙第56号証の1) 18 (1) 控訴人の主張   控訴人は、「何らかの原因で地下鉄に遅れが生じることは(ラッシュ時を   含めて)日常的に経験することであるが、だからといって原判決が判示す   るように、旅客がホーム上にあふれる事態となったり、ホームから旅客が   転落するような事故が発生したことなどまずあり得ないことである」と主   張する。  (2) 反論   列車の遅延により旅客がホームにあふれる事態は起こっている。   列車が遅延するとまず乗客がホームに滞留し、到着した列車からの降客と   乗客のスムーズな離合ができなくなり、すなわち降客がスムーズにホーム   から出られなくなり乗客もホーム上を乗車位置に向かえなくなる状態が出   現する。   ラッシュ時に一度その状態が出現すると次から次と乗客がやってくること   により、混雑状態が加速されるのである。   後から来る乗客は少しでも前に進もうとするし、前では混雑のために進め   ない状態となり、それに群集心理が加わって混乱状態が極度に達して旅客   が押されて線路に転落することも十分予測される。   被控訴人は、列車遅延のために旅客がホームにあふれる事態の予兆がある   と、混乱状態が極度に達するまえに速やかに入場制限・改札制限をおこな   って混乱が極度に達することを防止している。   そのため、幸いにして旅客がホーム上の混乱により押されて線路に転落す   るという事態の発生は免れている。   旅客がホーム上の混乱により押されて線路に転落するという最悪の事態を   かろうじて免れているのであり、旅客がホーム上の混乱により押されて線   路に転落することが「あり得ない」などとは決して言えないのである。   なお、「ホーム上に旅客があふれる事態を防止するためには、現に天王寺   駅等のラッシュ時にとられている改札を通ってホームに入る旅客を制限す   ることにより対応するべきである」とも主張するが、ラッシュ時に常時取   られている処置は、改札制限・入場制限ではなく、乗客と降客の流動線が   混乱しないようにロープをはって行っている交通整理にすぎない。   列車の延着がない場合でも、このような処置をとらないと、乗客と降客の   流動線が混乱しホーム上に旅客があふれてしまうのである。   列車の延着が生したときには、このような交通整理では次から次とやって   くる乗客を止めることができず、混乱状態解消・緩和に効果がなく、旅客   の改札・入場を制限し、根本から乗客の流入を止め混乱状態を解消・緩和   するようにしているのである。                          以 上