平成13年(ネ)第3719号 損害賠償請求控訴事件     控訴人      佐木理人          被控訴人 大阪市         準備書面(控訴審第2回)                          2002年2月15日  大阪高等裁判所              第6民事部D係  御中           控訴人代理人 弁護士  竹下義樹                          同           岸本達司                                   同           坂本 団                        同           高木吉朗                         同           山之内 桂                         同           伊藤明子                        同           和田義之                        同           石側亮太              記 第1 新たに判明した事実について 1 行政機関からの指導について A 被控訴人は,原審準備書面カの,第三の二ア(7頁)において,控訴人か らの公的機関からの指導等の有無に関する求釈明に対する回答として,「平 成6年12月より以前に一般的ないし具体的に転落防止柵の設置要求ないし 指導を受けたことはありません。」と回答している。  しかしながら,控訴人が原審判決後に行った調査及び当事者照会の結果に よれば,実際には被控訴人は平成5年に近畿管区行政監察局及び近畿運輸局 より転落防止柵の設置を含む,身体障害者用施設の改善に関する指導を受け ている事実が判明し,控訴人の求釈明に対する被控訴人の前記回答は虚偽で 遭ったことが明らかになった。事実関係は以下のとおりである。 B すなわち,平成5年1月から3月にかけて,近畿管区行政監察局は,「障 害者にやさしいまちづくりに関する地方監察」を実施し,その結果を同年7 月2日付で近畿運輸局及び被控訴人に対して通知した(甲50,51−2)。  上記地方監察は,天王寺駅の本件事故現場を明示して,転落防止柵の不設 置を指摘したものではないが,身体障害者の鉄道利用に配慮した施設等の充 実のため,大阪市内の主要ターミナル駅等計26駅及び関係鉄道事業者8事 業者において身体障害者用施設等の実態を調査したものであった。   近畿運輸局は,上記通知(所見表示,甲51−2)に基づき,被控訴人に 対し,「障害者にやさしい街づくりに関する地方監察調査結果について」と 題する文書を送付し,障害者の利用に配慮した施設の充実に努めるよう指導 すると共に,指摘事項の整備改善計画等についての報告を求めた(甲51− 1)。  所見表示においては,「A 駅構内における施設の整備 ア プラットホ ームにおける視覚障害者の安全対策等」の項目において,「視覚障害者のホ ームからの転落事故(調査対象8事業者において,最近3年間に3件発生) の防止措置が必ずしも十分に行われていない駅が,次の通り,見られた。」 とされ,具体的に,項目Aとして「ホームの先端に転落防止柵が設置されて いないもの(4事業者7駅),また,ホーム先端付近の階段又は車止めと停 車中の列車の先端部との間が広くあいているホームで,転落防止柵が設置さ れていないもの(2事業者2駅)がある。」と指摘されている。  近畿運輸局からの上記指導を受け,被控訴人は,平成5年8月24日, 「障害者にやさしい街づくりに関する地方監察調査結果について(報告)」 と題する文書を近畿運輸局に宛てて提出している(甲52)。 当該報告文書において,被控訴人は,上記所見表示(1)アAで指摘され たホーム先端の転落防止柵不設置について,「通常,過走余裕距離を考慮し, 5メートル前後間隔をあけています。今後,立地条件に応じて検討してまい りたい。」と回答している。 C 上記事実は,被控訴人には,本件事故の2年前にはすでに,ホーム先端の 転落防止柵の不設置が,視覚障害者の歩行の安全に支障を来すことの認識が あったことを示すものである。近畿管区行政監察局及び近畿運輸局が,書面 により明示的にホーム先端に転落防止柵が設置されていないことの危険性を 示している以上,被控訴人による危険性の認識がなかったとの主張は明らか に事実に反する。  さらに,被控訴人は,近畿運輸局からの指摘に対する回答として,5メー トル基準を持ち出すものの,「今後立地状況に応じて検討してまいりたい」 と述べている。これは,被控訴人自身が,単に5メートル基準を遵守するの みでは視覚障害者の歩行の安全を図ることができないと認識していたことを 如実に示すものである。  被控訴人は,かかる認識を有していたにもかかわらず,天王寺駅において は何らの措置も取らなかった。かかる被控訴人側の不作為が,本件事故を引 き起こしたことは明白というべきである。 2 視覚障害者団体からの申し入れの事実について 原審判決は,平成6年12月に視覚障害者団体が転落防止柵の設置を要求し たが,その内容は明らかではなく,それ以外に本件事故発生までに視覚障害者 団体等が,被控訴人に対して警告ブロック,転落防止柵,立入禁止柵の設置に 関して陳情,要望等を行った事実は認められないと判示した。 しかし,原審判決後,控訴人が行った調査により,平成7年6月24日に発 生した大阪市営地下鉄谷町線天王寺駅ホームにおける視覚障害者の転落死亡事 故を受けて,同年8月上旬,以下の複数の障害者団体から被控訴人に対して, 地下鉄駅ホームの点字ブロック及び転落防止柵の設置方法等についての要望が 為されていた事実が判明した。 A 全国障害者解放運動連絡会議関西ブロック及び大阪盲ろう者友の会の両団 体は,平成7年8月7日,被控訴人との交渉を行い,被控訴人に対し,上記 事故現場の状況を説明した上で,警告ブロックと転落防止柵の間が空いてい ること及びその危険性を極めて具体的に指摘しており,ホームの端まで警告 ブロックを敷設すること,転落防止策を必ず設置することを明確に要求して いる。(甲53,54) B また,平成7年8月10日には,アクセス55連絡会議,誰もが使える交 通機関を求める全国交通行動,DPI日本会議・大阪実行委員会の3団体が, 連名で要望書を提出した上で被控訴人と交渉を行っているが(甲55,5 6),その中でも「点字ブロックはホームの端から端まで敷設し,ホーム両 端には転落防止柵をつけること」との明確な要望を行っており,これに対し て被控訴人は「点字誘導タイルも安全柵外は途切れることなく順次設置を図 ることにしています」と回答している(甲57) C 大阪視覚障害者の生活を守る会は,大阪市営地下鉄駅ホームに点字ブロッ クの敷設が進んでいた時期である昭和53年から55年ころにかけて,同地 下鉄駅ホームの視覚障害者による利用に関する安全性に関する調査活動を行 い,被控訴人に対してホーム終端部の警告ブロックがない部分の危険性を指 摘し,ホームの端から端まで警告ブロックを敷設するように要望していた。 3 他の鉄道業者との比較について  A 控訴人準備書面(控訴審第1回)第2の4B(19頁)で述べたとおり,, 原審判決が瑕疵の判断に際し他の事業者との比較水準論を用いたことは本事 案において明らかに誤りであるが,たとえ比較水準論を用いたとしても,平 成7年の事故当時における,被告の,視覚障害者の歩行の安全に対する措置 は,他の鉄道事業者のそれと比べて,明らかに劣っていたものである。 以下,ホームの設備構造の点で,京都市営地下鉄(京都市交通局)の例を, 視覚障害者に対する駅員の人的対応(ソフト面)について近畿日本鉄道株式 会社の例及び大阪市営地下鉄中央線深江橋駅における視覚障害者の転落事故 例をそれぞれ示す。 B 京都市営地下鉄の例  京都市交通局は,昭和56年に開業した烏丸線の建設に際して,当初から 「だれでもが,気軽に利用できる地下鉄に」という基本理念を掲げ,昭和4 7年8月からほぼ毎年開催され,交通局長も構成員として参加していた「障 害者のためのモデルまちづくり推進懇談会」の意見等に基づき,ホーム設備 の整備をすすめていた(甲59)。  その結果,烏丸線においては開業当初から,視覚障害者等の歩行の安全を 確保するため,全駅においてホームの終端から反対の終端にかけて連続して 縁端部の点字ブロックを敷設され,かつホーム遊休部分には転落防止柵が設 置されていたため,本件事故現場に見られた如き,転落防止柵も点字ブロッ クもない危険空間は,ホーム上に存在しない(甲48)。  京都市営地下鉄が本件事故当時から15年も前に全駅のホームにかかる安 全設備を有していたことと比較すれば,被控訴人のホーム設備が,著しく劣 っていることは明らかであるといえる。 C 近畿日本鉄道の例  視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会が平成13年12月 に近畿日本鉄道株式会社に対して行った調査によれば,近鉄においては,視 覚障害者への対応について,以下のとおり具体的な対応方針を有しており, この方針に基づいた対応が実践されていることが判明した(甲59)。 即ち,同社においては,@駅員は視覚障害者に対して,同伴者の有無を問 わずを声を掛けて,視覚障害者の希望に応じて案内をすること,A案内を希 望した場合は乗車位置を確認し,車掌及び着駅に連絡し,希望しなかった場 合でも乗車位置は確認して車掌に連絡することとしている。 上記対応は,これを具体的・明確に記載したマニュアルに基づいて実行さ れている。また,上記連絡及びその記録に使用するための所定の書式があり, これを一定期間保存しているなど,その確実な実施を担保する手段と共に運 用されており,被控訴人における「ひと声掛けて運動」が抽象的方針に過ぎ ないことと際だった対照をなす。 D 深江橋駅における視覚障害者の転落事故例 控訴人と同様全盲の視覚障害者である田村昌宏氏は,平成7年1月11日 に,大阪市営地下鉄中央線深江橋駅においてホーム上から,ホーム端の警告 ブロックを見失い,軌道上に転落する事故に遭った(甲15−2)。 同氏は,地下鉄堺筋本町駅から乗車した際,同駅の駅員に対し,深江橋駅 に行く旨伝えていた。しかし,堺筋本町駅の駅員は,田村氏が「白杖を上手 に使いこなしていたので大丈夫と思った」ため,深江橋駅の駅員に対し,視 覚障害者が乗車し,深江橋で降りることについて何ら連絡をしておらず,結 果的に,田村氏が深江橋駅に着いたときには,ホーム上にだれ一人駅員がい ない状況だったのである(甲60)。 視覚障害者の利用の有無にかかわらず,ホーム上に駅員がいないことはそ れ自体問題ではあるが,視覚障害者が乗車することを知り,且つ降車駅を告 げられていながら,降車駅の駅員に対して何らの連絡を取ることもなく,漫 然と放置していた事実は,視覚障害者の歩行の安全に対し,被控訴人が配慮 を欠いていたことの現れであり,被控訴人自身安全対策の不十分性を認識し ていたことは,被控訴人の内部文書からも明らかである。(甲62)。 以上の事実からも明らかなとおり,被控訴人の安全対策は,ソフト面にお いても他の鉄道事業者と比べて著しく劣っていたと言わなければならない。 なお,田村氏の上記事故を受けて,全国障害者解放運動連絡会議関西ブロ ックは平成3年2月16日,被控訴人に対して地下鉄駅ホームの安全対策に 関する申し入れを行い,同年3月9日,大阪府同和福祉センターにおいて被 控訴人と交渉を行ったが(甲61,62),当該交渉の席上,全障連側は被 控訴人に対して視覚障害者に対するマニュアルを作成することを要望したほ か,現花園大学助教授である愼英弘氏に依頼して独自にマニュアルを作成し, その後被控訴人に交付している。 4 類似の転落事故について 原審判決は,本件転落事故以前に,本件事故と同様にホーム縁端部付近の転 落防止柵が設置されておらず,かつ,警告ブロックも設置されていない箇所か ら視覚障害者が転落した事故として4件の事故の存在を認定しておきながら, 各事故の転落原因は必ずしも確定できるものではないと判示している。 しかし,これら4件の事故と本件事故の類似性を判断するに際して事故原因 を個別・具体的に特定する必要がないことは準備書面(控訴審第1回)第3の 1D(31頁)において述べたとおりであり,警告ブロック及び転落防止柵の いずれも設置されていない危険空間からの転落という点では,上記事故のいず れも本件事故と類似するのである。 そして,上記類似事故のうちの1件である,平成6年2月15日に御堂筋線 長居駅において発生した転落事故の当事者である高橋奈美江氏は,控訴人およ び同代理人による聴き取り調査に応じ,同駅終端部の壁に突き当たったが,こ の壁をいずれかの階段の裏の壁であると思いこみ,回り込んで先へ進めると思 いホーム縁端方向に移動したところ,転落防止柵のない部分から軌道上へ転落 した旨述べており,本件事故状況と酷似していることが明らかである。(甲6 3)。 第2 5メートル基準論に関する控訴人の立場    転落防止柵の設置に関する「5メートル基準」論の不合理性については準備 書面(控訴審第1回)第3の3G(44頁)において述べたとおりであるが, この点に関して,控訴人が行った当事者照会における「過去に大阪市営地下鉄 駅ホームにおいて,列車の後退措置によりホーム上に旅客があふれ,その結果 旅客の転落事故が発生したことの有無」等に関する質問に対して,被控訴人は 「後退措置により旅客があふれたことはあるが,そのような場合直ちに改札制 限,ホームへの入場制限をおこなって,ホームにいる旅客が押されて線路へ転 落することがないように措置しているから,旅客の転落事故にまで発生したこ とはない」旨回答した(甲65)。  そもそも,被控訴人の想定する「ホームから人があふれるが転落はしない」 事態がどのような状態を指すのか定かでないが,被控訴人の上記回答は,列車 の後退措置によってホームが混雑する事態が生じたとしても,かかる事態に対 して講ずべき措置は改札制限,入場制限であること,当該措置によって十分に 対処可能であることを自認していることを明確に示しており,被控訴人の原審 における主張及び原審判決の重視する「過走時の後退措置によりホーム上に人 があふれ,転落する危険」への対処手段としての「5メートル基準」論が的は ずれな議論であることを図らずも自ら露呈したものである。 第3 求釈明の申立 1 基準変更とそれに基づく工事について   被控訴人は,控訴人が行った当事者照会における、平成7年9月に被控訴人 が行った転落防止柵、立入禁止柵、縁端部警告ブロックの設置規準変更の具体 的時期を明らかにするため、基準変更の為された日付と、それを特定できる資 料の有無、乙43、47、48号証の出典、及び新たな規準に従った変更工事 が為された件数、駅名、駅ごとの各工事の実施時期(工事開始日と完成日)を 明かにされたい旨の質問に対し、「工事台帳抜粋」と証する書類の写し(甲6 6)を交付して回答する旨返答した。しかし、同「工事台帳抜粋」は、各線毎の 工事期間、工事駅数を概括的に記載したのみの書類であり、控訴人の質問に対 する回答となっていない。   そこで、改めて、上記質問に対する回答され、併せて上記「工事台帳抜粋」の 出典、作成時期について明らかにされるよう求める。 2 ホーム終端部に転落防止柵が設置されている例について。 また,被控訴人は当事者照会における,堺筋線日本橋駅1番線(天下茶屋方面 行)、同2番線(天神橋筋6丁目方面行)及び同線南森町駅1番線(天下茶屋本 面行)ホーム終焉部の転落防止柵の設置時期を具体的に明かにされたい旨の質 問に対して、それぞれ駅舎の改造工事の一部として行われているので、時期は 時間でしか把握できないとして、工事期間を前記日本橋駅については、平成7 年11月24日から平成8年3月31日、前記南森町駅については平成7年1 1月24日から平成9年2月28日と回答したが、平成7年11月24日から 改造工事を開始した理由及び各箇所への転落防止柵の設置は、前記基準の変更 といかなる関係に立つのかについて、明らかにされたい。                                 以 上 8 9