視覚障害者ホーム転落防止への提言   2018年11月25日   視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会   代表 加藤俊和   提言に当たって  2016年8月の東京メトロ銀座線青山一丁目駅の痛ましい事故が起こり、それがきっかけとなって、視覚障害者のホーム転落事故防止の検討と対策が進められているが、そのあとも6件もの視覚障害者の転落死亡事故が起きている。これらの転落事故を防ぐ究極の防止対策は「ホームドアを全ての駅ホームに設置する」であることは言うまでもない。しかし設置費用が高額なため、2017年度末での設置済数は725駅(全国総駅数の7.6%、年平均33駅増)にとどまっている。  ブルックの会では、2017年に一人歩きしている視覚障害者119人、及び晴眼者443人を対象に調査を行いデータを詳細に分析した結果、「視覚障害者は、転落する危険な状況にあるにも関わらず、視覚障害のために危険とは認識していない」ことが非常に多いことが明らかになった。また、ホームドアとともに重要な対策とされている「声かけ」については、視覚障害者の期待が高く かなり広がっていることが明らかになったが、転落死亡事故の減少に直結するまでには至っていない。  この結果を踏まえ、ブルックの会では、「視覚障害者のホーム転落事故を早期に着実に減少させて命を守る実現可能な対策」として、次の対策を提言する。  (1) 都市部には早期にホームドアを設置すること  列車がホームに停車したときに扉部分が開くホームドアは究極の防止対策である。視覚障害者のホーム事故を少なくとも3分の1以下に軽減するために、1日利用者3万人以上の駅(約900駅)の駅ホームに設置を義務づける。また、視覚障害者の利用の多い施設や視覚障害特別支援学校などの最寄り駅へのホームドア優先設置を推進する。  (2) 内方線付点字ブロックは全駅ホームに即時設置  ホームの内側(安全側)を一本線の突起で示すホーム縁端の内方線付点字ブロックは、視覚障害者に周知が徹底してきており、明らかに効果がある。1本線追加設置の経費は非常に低廉であるので、全国のすべての駅ホーム(約9500駅)に即時設置する。  (3) ホーム転落防止柵の設置  ホームドアの即時設置が困難あるいは遅れるとき、ホーム縁端の転落防止用固定柵は、停止した列車の連結部だけでなく、列車の扉部分以外の転落を確実に防ぎ、事故を大きく減少させる効果がある。その設置経費は比較的低廉であるので、視覚障害者のホーム事故の9割以上を占める1日利用者5千人以上の駅(約2900駅)のホームに早期設置を義務づける。合わせて、転落防止用固定柵は危険な縁端近傍にあるため、たどるための柵ではないことの周知徹底をはかる。  (4) 視覚障害受講希望者全員の歩行指導の実施と適切な「声かけ」  希望する視覚障害者の全員が歩行指導及びフォローアップを受けられるよう、全国の自治体に必要数の歩行訓練士(視覚障害者歩行訓練指導員)の配置を義務づけ、歩行訓練士訪問指導事業の充実をはかる。また、視覚障害者の歩行の安全を守るために、適切で効果的な手引き講習会を全国各地で行えるよう、必要な対策を行う。   提言についての説明  * 近年のホーム転落の状況  次の資料A,B,Cは、国土交通省「ホームからの転落に関する最近の状況」(2016年12月16日)による。   資料A.「ホームからの転落件数の推移」  2010年度から2015年度のホームからの転落件数 2806 3182 3223 3263 3673 3518  うち視覚障害者転落件数 58 74 91 74 80 94   資料B.駅の利用者数別のホーム転落状況(総件数と視覚障害者数)  総件数(2015年度 3716件の比率):10万人以上利用駅での事故 47.5%、5万人以上10万人未満 15.1%、1万人以上5万人未満 28.9%、5千人以上1万人未満 4.0%  視覚障害者(6年間481件の比率):10万人以上利用駅での事故 35.6%、5万人以上10万人未満 15.8%、1万人以上5万人未満 36.2%、5千以上1万人未満 6.4%。3万人以上合計で約3分の2。  (注)  上記の「総件数」は、一般の「ホーム転落・接触事故件数に係る構成割合(駅の利用者数別)」 (平成27年度におけるホーム転落・接触事故件数(事故に至らないホームからの転落及びホームでの接触事故の件数の合算)の3716件(ホーム転落3518件、ホームでの接触事故198件)について、駅の利用者数(1日当たりの平均的な利用者数)との関係。)  上記の「視覚障害者」は、「視覚障害者の方のホーム転落・接触事故件数(駅の利用者数別)」(平成22〜27年度 合計481件)   資料C.利用者数別駅数(平成27年度末)  10万人以上利用 260駅、5万人以上10万未満利用308駅、「3万人以上利用駅累計約900駅」、1万人以上5万人未満利用累計2131駅、「5千人以上利用駅累計2886駅」、3千人以上利用累計3542駅、3千人未満5945駅、全駅数9487駅  (1) ホームドア設置関係  ホームドアの設置駅数の推移(各年度末累計数) 2001〜2017年度末設置駅数 180 196 230 273 306 318 394 424 441 494 519 564 583 615 665 686 725  国交省は、ホームドア設置目標を、転落・接触事故を半減するために「10万人以上利用全駅」としている。しかし、視覚障害者の場合は、利用者の少ない駅でも転落事故がよく起きており、5万人以上利用駅でようやく半分であり、せめて事故件数を3分の1以下にするために「3万人以上の利用駅にホームドアを設置」を当面の目標とする必要がある。「3万人以上利用駅」は約900駅とみられ、ホームドアは2017年度末で既に725駅に設置されており、早期に実現可能な目標値である。  なお、ホームドアの開き方向は、安全性の保持等のためにも、横方向可動を標準とすべきである。ロープ等の昇降方式については、列車通過時にどこまで安全が保てるか、開閉時に車両の前後に 空間が生じる可能性への対策など危険性を完全には回避しているとは言えない。その設置は、多様な扉位置のためにどうしても他の方式が採用できない場合等に限るとともに、運用についても安全性を重視して必要な制限を加えるべきである。  (2) 内方線付点字ブロック関係  内方線付点字ブロックは、既存のホーム縁端点字ブロックに1本線を追加設置してもよいことが 2002年のガイドライン制定時から明記されており、その設置経費は非常に低廉であるので、全国の全てのホームに即時設置が可能である。  (3) 転落防止用固定柵関係  転落防止用固定柵の設置費用はホームドアの百分の1以下と安価であり、ホームドアの設置が困難なローカル駅や、都会の駅でもホームドア設置までの転落事故の軽減に、大きな効果がある。  大阪モノレールでは、当初から固定柵が設置されて転落の危険を大きく軽減してきた。東急では、池上線全駅などに転落防止用固定柵が以前から設置されていて転落防止に効果を上げており、ホームドア設置までの対策としている。転落防止柵は、多種類ドア位置で開口部が広い場合であっても、開口部以外の部分だけでも柵で遮られることで、事故を防止・削減できる効果は十分にある。  なお、この固定柵については視覚障害者から根強い反対があるが、ブルックの会の調査での反対は13%であった。その主な理由は「固定柵はたどって歩いたときに開口部があって危ない」であった。転落防止柵は、内方線付点字ブロックの80cmよりずっとホーム縁端に近い50cm程度の位置で、特に列車通過時は「たどっていては危険な、離れないといけない柵」であるが、多くの人にその認識はあまりないまま反対とされていた。  (4) 視覚障害者の歩行指導と適切な「声かけ」関連  ブルックの会の調査でも、自分で身を守ることを重視している視覚障害者は多かった。だからと言って、「転落するのは自己責任であり、一人歩きをするな」は論外であり、人権問題でもある。  転落は慣れた駅で多いこともあり、歩行訓練やフォローアップ訓練を希望する視覚障害者が、どこの地域でも受講できるようにすべきである。そのためにも、訪問歩行訓練が十分に受けられるよう必要な訪問指導事業が実施され、各地域で必要な歩行訓練士が確保されることが必要である。  「声かけ」については、ブルックの会の調査で、「声かけ」は確実に普及してきてはいるが、困る声かけも増えていることが明らかになった。視覚障害者の安全に結びつくためにも、手引きの技術の向上が必要であり、「適切な声かけ」の研修会が全国各地で実施されることが望まれる。   (参考)  *転落防止全般にも効果  ホームドアは、当然ながら、視覚障害者の安全だけでなく、一般の転落事故もほぼ完全に防ぐために、頻発する人身事故による鉄道運行への影響をなくす大きな効果がある。  転落防止用固定柵も、転落の半数以上を占める自死をためらわせる効果がある。その他の要因の多数を占める泥酔、そしてふらつき等による転落も、確実に減少させる効果がある。  *ホーム転落・接触事故原因の一般と視覚障害者の比較(推測)  一般:「ホーム転落・接触事故件数」には自死が含まれていないが、全転落の6割程度、自死以外の6割(全体の転落件数の2割強)が泥酔。 視覚障害者の場合:「転落・接触」とヒヤリハットの8割が方向・位置の見失い(誤認)、飲酒は1割以下。自死数(少数)は不明。(2017年ブルックの会調査)  (注)見えないと、列車進入とのタイミングを合わせにくく、視覚障害者の自死は非常に少ないと推測されている。一方、一人歩きの視覚障害者は飲酒量を減らすなど慎重で、飲酒による影響は、ブルックの会の調査では7%であった。  *2016年8月以降の視覚障害者のホーム転落死亡事故 (2018年11月現在)  (1) 2016年8月15日18時頃 東京メトロ銀座線青山一丁目駅 55歳男性転落死。1日12万人利用駅、ホームドア予定あり。相対型。盲導犬使用。12mに駅員。周囲に人がいた。  (2) 10月16日 近鉄大阪線河内国分駅 40歳男性転落死。1日1万6千人利用駅、ホームドア予定なし。島型。白杖不携帯。事故目撃はなし。  (3) 2017年1月14日7時頃 JR京浜東北線蕨駅 63歳男性転落死。1日12万人利用駅、ホームドア予定あり。島型。盲導犬使用。土曜日早朝で周囲に人なし。  (4) 10月1日19時頃 JR阪和線富木(とのき)駅 59歳男性転落死。1日9千人利用駅、ホームドア予定なし。相対型。内方線すり減り。白杖使用。夜。声かけのあとに事故。  (5) 12月18日9時頃 阪急京都線上新庄駅 89歳女性転落死。1日4万6千人利用駅、ホームドア予定なし。相対型。茶色補助杖使用。周囲の人気づかず?  (6) 2018年6月19日 JR東海道線保土ヶ谷駅 46歳男性転落死。1日3万3千人利用駅、ホームドア予定なし。島型。内方線なし。白杖使用。近傍に人がいたかどうか不明。  (7) 2018年9月4日14時頃 東急大井線下神明駅 71歳男性転落死。1日7千人利用駅、ホームドア2019年度予定あり。相対式。白杖不使用。近傍の人は不明。 「視覚障害者ホーム転落防止への提言」以上です。